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発達障がいの子どもたちの進路選択と問題点 第二部

パネラー 土井さん(発達障がいの息子さんをもつお母さん)
山口さん(発達障がいの息子さんをもつお母さん)
水野 薫(福島大学大学院教授)
伊藤 寛晃(翔和学園講師)
原 聡子(代々木カウンセリングセンター カウンセラー)
司会 海野 千細(八王子市教育委員会学校教育部学事課長)

※2人のお母さんのお名前は仮名、その他のパネラーおよび司会者の肩書きはセミナー開催時のものです。
※発言内容は2004年9月現在のものです。情報等が古くなっている場合があることをご了承ください。

第2部 その子の将来を見据えた進路選択のポイント

進路の問題にどう対応するか?

海野  小中高と進んでいく際に、避けて通れないのが進路の問題です。親として進路の問題にどう対応されましたか?
土井  小学校入学前に就学相談を受けたとき、息子は非常に落ち着きがなく、引率してくれた上級生にツバを吐きかけたりして、健診も受けられませんでした。そのため、特別支援学級が望ましいのではのではとアドバイスされましたが、いろいろ考えた結果、とりあえず通常学級で行こうと決めて、6年間通常学級に通いました。
 中学校に入学するときは「親の会」に入っていたので、いろいろ情報が入ってきて、「遠いけど、LDの子どもを対象にした学校がある」と聞き、その学校に入学させたいと思って見学に行きました。しかし、あまりにも遠くて、本人も「どうしてそんな遠いところに行かなければならないの?オレはみんなと同じ中学に行きたいよ」と言うので、結局、地元の中学校に入学しました。
 高校のときは、なんとか入れそうなところが荒れた学校しかなく、発達障がい専門の先生に相談したところ、サポート校がいいのではないかと言われました。入学した生徒の実例をあげて、それまで友だちのいなかった子が、今では友だちもできて楽しそうにやっていると聞き、本人も見学に行った結果、サポート校に決めました。
 高校3年になって、その先の進路を考えていたときに、担任の先生が「土井くんは学校でも行動面に問題はない」と言ってくれたので、賭けみたいな気持ちで普通の専門学校に入学させようかと考えたこともありました。でも、本人がサポート校の系列校の「翔和学園」にどうしても行きたいと言うので、そこに決めました。そこでは、障がいのある子どもが社会的に自立するための支援教育を行っているので、結果的にとてもよかったと思っています。

「この学校を選んでくれてありがとう」

海野  土井さんのお子さんは、「自分は○○したい」という意思がはっきりしているように感じますが、サポート校での学校生活をどんなふうに感じていたのでしょうか?
土井  それまで息子は、ずっと背伸びをして生きていたんだと思います。それがサポート校に入ると、自分と同じようなタイプの子がいるので、とても楽しかったようです。楽しすぎてハメを外したりすることもあったみたいですが、「この学校を選んでくれてどうもありがとう」と私に言ってくれました。「一日一日があっという間に過ぎていく。こんなことは初めての経験だ」とも言っていました。
海野  それだけ今まで大変な思いをしてきたんでしょうね。山口さんはどうでしたか?
山口  発達の遅れがあるという悩みを抱えつつ地元の中学校に進みましたが、高校は、やはり息子の学力では荒れた学校にしか入れないようでした。夜間の定時制のという選択肢もありましたが、息子には合わない気がして悩んでいたとき、高校卒業資格のとれるサポート校のことを取り上げているテレビ番組を見ました。将来のことを考えると、せめて高卒資格はないと困るだろうと思い、学習についてもサポートしてくれると聞いて、本人が行きたいと言ったわけではないのですが、私の判断で夫にも相談してサポート校に決めました。
 就職先については、息子はおだやかな性格なので、お年寄りと接する福祉の仕事が向いているのではないかという私の思いもあり、その後、同センターの支援を受けてヘルパー2級の資格をとりました。この資格を取るのも大変だったのですが、今年の3月に翔和学園を卒業し、今月から介護施設で働き始めました。

通常学級か、特別支援学級か

海野  公教育の中には、「通常学級」のほかに、東京都でいうと「身障学級」「特別支援学級」「通級制の情緒障がい学級」「養護学校」「特別支援学校」などがあります。
進路を選択する際、その子にとってどこで学ぶのがよいのかは、親として悩むところだと思いますが、伊藤先生はどのようにお考えですか?
伊藤  私の勤務する学校には、情緒障がい学級や養護学校を拒否して、普通教育を望んで来られるお子さんが多いのですが、発達障がいの子どもたちが普通教育を受けるとなると、実際にはいろいろ問題点もあると感じています。
 それは学習レディネス(学習をするために必要な準備)の問題があるからです。たとえば、小学校4年生だけれど、算数の学力は1年生程度の子に、いきなり三角形の面積を計算しなさいと言ってもできるわけがありません。無理やり教え込んで答えを出せても、本当に身についていないから、すぐに忘れてしまいます。
 たとえば、知識ばかりが先行して、行動がともなわない子がいます。外でバレーボールの練習をしていても、まったくやろうとしない。みんなに非難されても、「だって、こっちのほうがいいんだもん」と相手の言うことを聞こうとしないのです。これでは社会に出ても、その技術は仕事として使えません。
 ですから私たちは、特定の知識や技能よりも、まず社会性を身につけることを重視した授業を行っています。まずは、あいさつをする、時間を守る、友だちと仲良くするといった人間関係の基本的な部分をきちんと学んだうえで、さらに社会に出てからまわりの人とうまくやっていけるようなソーシャルスキルを身につけることがポイントになります。
 それらをどこで学べるのか。通常学級で親身に面倒を見てくれる先生がいるならそれでもいいし、特別支援学級がいいのか、通級がいいのか、養護学校がいいのか。今、学ぶべきことを学べる場所は、その子にとってどこなのかをしっかり考えて選択されたらいいのかなと思っています。

小学校入学時に配慮すべきこと

海野  進路を考えるうえでのポイントについて、水野先生はどのようにお考えですか?たとえば小学校に入学するときは、どんなことに配慮すべきでしょうか?
水野  最終的には社会に出て、その子の力を十分発揮できるように育てることがポイントになります。そのために、今やるべきことは何かを見極めるべき時期があります。
 まず、小学校に上がる時点ですでになんらかのつまずきが指摘されている場合は基礎的な行動がどの程度できているかをひとつの目安にしてほしいと思います。
 小学校では集団生活が基本になるので、文字が書ける、数が数えられるということよりも、集団の中で先生の指示に従って動かなければならないときに、その指示をどのくらい理解できるか。それが理解できない場合は、まわりの子どもの動きを見て、今どういう行動をとるべきかがわかるか。そういうことが重要になってきます。それが誰かに声をかけてもらわないとわからないとなると、残念ながら自分で判断することがなくなり、子どもの成長は期待できなくなってしまいます。
 教科の勉強は、個別学習というかたちでサポートしてもらえば解決するかもしれませんが、状況を判断する力が育っていかないと、大きくなってから自発的な行動をとることができません。
 少しまわりの人が補うことによって、それが可能になる程度であれば、「通級指導教室」を利用する手があるかと思います。それが難しい子の場合、現在、東京都では、「言語障がい学級」にも発達障がいの子どもが所属していますし、もちろん「情緒障がい学級」にはかなり多く所属しています。そうした学級を上手に利用するとよいでしょう。もう少し難しい多動の子や、社会的な状況認知に障がいがある場合は、通常学級に入れて、まわりの子どもたちのマネだけをするような日常生活を送ることは得策ではないと思います。
海野  小学校3年生もひとつのポイントとなる時期だとか?
水野  小学校3年生くらいになって基礎学力にかなり差が出てくるような場合、その子がLDであれば、その欠けている部分を補うことで解決するケースもあります。しかし、学力にだけ目を奪われると、その子の社会的な問題、つまり友だち関係、言語能力、運動能力などの状況を見落としがちです。
 小学校3年生というのは友だち関係が大きく変わる年頃で、それまでみんなでワイワイガヤガヤやっていた状態から、ウマが合う子や話題が共通する子同士でまとまってきます。そのときに、通級指導教室を利用するか、知的障がいの学級を利用するか、教育相談所や民間の教育機関でソーシャルスキルトレーニング(SST)を行っているところを利用するか。小3はそういう判断の時期になるわけで、どこを利用するにせよ、自分を上手に出せるようにしていかないといけません。
できれば毎年、わが子の課題は何かをしっかり把握したうえで、つきあってあげることと、学校にも理解してもらうことが大切です。今やるべきことは何か、今出来ることは何か、足りないことは何かを十分に考えないと、どの学級を利用するにしても、家庭で何をやったらいいのかが非常に曖昧になってしまいます。

中学・高校進学時のポイント

海野  中学校に入学する際のポイントは?
水野  中学校に入学するときにいちばん考えてほしいのは、小学校と中学校の生活の違いです。中学校は学級担任制ではなく、教科担任制ですから、先生からいちいち言葉かげがなく、自分で判断しなければならないことが多くなります。生徒同士が声をかけ合うことも少なく、自分でぜんぶやれないと、みんなの後ろをくっついていくことすら難しくなってしまう場合がもあります。
 勉強どころではなく、もっと基本的な生活レベルでとまどいの連続になるとしたら、二次障がいを起こせと言っているようなものです。そのあたりを自分でどの程度こなせているのかを判断の基準にしてほしいと思います。
 私は、基本的に学力がすべてではないという考え方に立っています。たとえばLDの子にオールマイティを求めること自体がおかしいわけで、苦手なところは避けて、得意なところを伸ばそう、苦手なところは生きていくために必要不可欠な部分だけなんとか勉強のしかたを考えようということでいいと思います。
 自分で動くこともできない、楽しみも何もないような中学生活だとしたら、思春期の子どもにとっては非常につらいです。思春期とは、自分とまわりとの違いに気づいて悩む季節ですから。
海野  高校を選ぶときは、どのようなことがポイントになりますか?
水野  高校に進学するときは、学力レベルが合っている高校は荒れている状況が多いと思いますが、できれば学力レベルよりも、その子の将来に必要なスキルを身につけさせてくれる学校を探してほしい。最近は、特別支援学校(高等部)や障がい者向けの職業訓練校、定時制や単位制、サポート校など、特色ある学校もできているので、そういう学校も合うかもしれません。
 私がいつも言っているのは、どれがいいと決めつける前にとにかく足を使って見学に行ってほしいということ。もうひとつは、すでにその学校に通っている親御さんから情報を聞いてほしいということです。学校側の情報だけを鵜呑みにしないで、しっかり自分の目で見て選んでほしいと思います。

その子に合った指導で「できること」が増えていく

海野  伊藤先生、翔和学園では、発達障がいの子どもたちにどんな学習指導やトレーニングを行っているのですか?
伊藤  翔和学園に通う学生たちに非常に多い典型的なタイプの事例を2つ紹介しながら、私たちが実践している学習法などについてお話したいと思います。ここで事例として紹介することは、本人と保護者にも了解を得ています。
 ひとつめは、高校卒業後、医療事務関係の専門学校へ進んだものの、そこをやめて翔和学園に入学した男子学生の事例です。専門学校をやめたのは、初日の授業で13の薬品名を暗記するという課題が出て、クラスで最下位になってしまい、みんなの前で教員にひどいことを言われたのが耐えられなかったようです。
 彼は、アルバイト先のファミリーレストランでチーフを任されるほどしっかりしているのですが、一方で、父親の名前を漢字で書けなかったり、数字も100までちゃんと数えられませんでした。
どうしたことかと思って、「WISC-Ⅱ」という知能検査を行ったところ、極端に苦手な領域があることが判明しました。いくつか平均値を越えている領域もありますが、能力にものすごくバラツキがあるんです。このような学生の場合、苦手な領域については、いくら努力しても報われないことが多く、その報われなさが、のちに「二次障がい」を生んでいくことになります。
 知能検査の結果、彼は「言葉」が苦手で、「作業」に強いことがわかったので、言葉で解説するような学習法はすべてやめて、実際の作業を通して学んでいくようにしました。するとグングン伸びて、20歳を過ぎてから計算もどんどんできるようになり、今では2ケタの百マス計算を1分台でやるだけの力がついています。漢字もイラスト化したり、色分けして部首ごとに覚えるようにしたらヤル気が出てきました。読書が趣味になり、1カ月に10冊以上も読んでいます。
 その後、夜間の大学に合格し、大学に通いながら、昼間は教育施設のスタッフとして働いています。大学では、自分がどうして勉強や授業についていけなかったのかを研究し、同じような悩みを抱える子どもたちの役にたちたいと言っています。

約束を守れない子が画期的に改善した方法は?

伊藤  ふたつめは、山口さんのお子さんとよく似たケースです。整理整頓ができない、忘れ物が多い、物をよくなくす、遅刻・欠席もしょっちゅうという状態で、ほかのことはよくできるのに、とかくだらしがない、約束が守れないのが特徴です。
 私も厳しく指導したり、ほめたり、泣きながら叱ったりと手を尽しましたが、効果がありません。知能検査をすると、言語性についてはほとんど問題がないのですが、やはり極端に苦手な領域がありました。たとえば、「左のパーツを使って、右の図を作りましょう」という問題を出したとき、左と右を区切る境目の線が入っていないと、彼は問題を解くことができないのです。
 カウンセラーの原先生に相談すると、「境目の線が入っていないと左右がベターッとつながってしまって、左と右を区切って理解することができないのでしょう。それが彼の特徴なんです」と教えてくれました。
 整理整頓ができないのも同じ理由からで、自分で空間を区切ることができないために片づけられないということがわかりました。そこで、床の掃き掃除をするときは、まず床を線でいくつかのマスに区切って、最初のマスに新聞紙を小さくちぎって敷きつめ、「ひとマスずつ新聞紙を移動していきなさい」と指示すると、きれいに掃除してくれすようになりました。
 テストのときも、1枚の答案用紙にいくつも問題が書いてあるために問題と問題との区切りがわからないという事態が起こります。このような場合は、ひとつの問題に集中できるように、ほかの問題に赤いセロハン用紙をかぶせたり、1枚の紙に1問だけ書いた答案用紙にするといった工夫をすると、しっかり問題に取り組めるようになります。
海野  何が苦手なのかをきちんと把握し、そこをサポートしてあげることで、今までできなかったことができるようになるわけですね。
伊藤  発達障がいの子どもは、努力しているにもかかわらず、サボっている怠けていると思われがちです。しかし、日常的にちょっとサポートしてあげることで、それが改善する場合が少なくありません。山口くんの場合も同じようなことがありました。
 彼も約束を守れない、時間を守れないということが頻繁にありましたが、手帳にスケジュールを書き込むようにすると、画期的に改善しました。そのとき彼の特徴を考えて、スケジュールごとに必ず区切りを入れ、何時から何時までに、どこでどんなことをするかを記入するように指示しました。
さらに、明治大学の斉藤孝教授の3色ボールペンの手法を活用し、①大切な予定は赤、②普通の予定は青、③プライベートな予定は緑で書くように指導したところ、友だちとの約束はぜんぶ赤、学校の予定はぜんぶ緑で書いてあって……。要するに彼にとっては、友だちのことは重要で、学校のことはあんまり重要じゃない(笑)。彼の価値観が一目瞭然で、これには思わず笑ってしまいました。
 でも、こうして色別に手帳に予定を書き込むことで、今までなら絶対にできなかったこと、つまり、朝、学校に来て、ホームヘルパーの実習に行き、帰ってきて学校の授業を受け、そのあと帰宅する途中で自動車教習所に寄るといった忙しいスケジュールをちゃんとこなせるようになりました。
その後、就職先が決まったとき、彼がお母さんに最初にお願いしたのが、「手帳を買ってほしい」でした。

一度に出す指示はひとつだけ

海野  そのほか指導するときに心がけていることはありますか?
伊藤  気をつけているのは、「一度に出す指示はひとつだけにする」ということです。
向山洋一さんがよくおっしゃっていますが、「教科書の23ページの問5をやって、できたら先生のところに見せに来なさい」という言い方の中にいくつの指示が入っているか。つまり、「教科書を机の上に出す」「23ページを開く」「問5を探す」「問5を解く」「できたら先生に見せる」とこれだけで5つの指示が入っているわけです。これらを一度に言っても、彼らは指示どおりにはできません。同時にいくつもの指示を出しても混乱するだけです。
 視覚的な手がかりを与えることも大切です。ゴミの分別についても、ただ文章で示すのではなく、写真やイラストを使って、「燃えるゴミ」「燃えないゴミ」などがひと目でわかるようにしています。調理実習のときもイラストで手順を示してあげると、自分たちでぜんぶ作ってしまいます。
 見通しが立たないと不安になったり、パニックを起こす子も多いので、一般的な1週間の時間割ではなく、その日の時間割を授業1コマずつ示すようにしています。とくに自閉症の子どもたちは見通しが立たないと不安になりやすいので、当番を決めて、授業がひとつ終わるごとに時間割の紙を抜いていくようにします。そうすれば、次に何をやるのか、あとどれくらい残っているかがわかり、落ち着いて学習することができます。

自立するための学びの場には何が必要か?

海野  最後に、発達障がいの子どもたちが社会で自立するための学びの場には何が必要なのか。まず、カウンセラーの立場から原先生のお考えをお聞かせください。
 まず、一人ひとりの子どもが、どこでどんなつまずき方をしているか、認知能力はどうか、感情の力はどうか、行動のしかたはどうかなどについて、きめ細かな関心をもってくれる教育者がいることが大切なポイントになります。そして、その子に合ったプログラムが立てられる体制が確立しているかどうかも重要です。
 さらに、その集団がその子にとって安心できる環境かどうか。つまり、いい教育者がいて、いいプログラムが整っていても、そこが子どもを脅かすような場であったら、子どもたちの社会性は育たないということです。学びの場は、集団の場でもあるので、「集団の中で安心を感じながら存在する体験」をすることが大切であり、そういう体験のできる場であってほしいと思います。
海野  水野先生はどのように考えていらっしゃいますか?
水野  私が痛感しているのは、発達障がいの子どもたちは福祉の恩恵を受けにくいということです。明らかな障がいがあれば、「愛の手帳」などの障がい者手帳が取得できますが、発達障がいの子どもたちはなかなか取得できません。ということは、社会に出たときにハンディのない人たちと対等に就職試験を受けなければならないということです。親御さんには、きちんとしたプログラムを一緒に考えてくれる専門家を探すことをおすすめします。
 私は、今の学校教育をなんとかしてほしいと思っていますが、私自身も教育を経験したことから、実際問題として、教員が親御さんとじっくりひざをつき合わせて話し合う時間はなかなかとれません。
 したがって、専門家がいるところを見つけて、そのプロの人たちと一緒に、家庭ではどういう対応をしたらいいか、今この子の課題は何かを話し合える環境を探していくことが大切です。それは心理の専門家、医療の専門家、教育の専門家、あるいは発達障がいの子どもをもつ先輩の親御さんや、退職したベテランの教員でもいいでしょう。いずれにせよ、ずっと相談にのってくれる人を探さないと、親御さんひとりでは、やっていけないのではないかと思います。
海野  土井さん、山口さん、本日はいろいろ大変な経験を聞かせていただき、ありがとうございました。ずいぶんつっこんだ質問もありましたが、率直に話してくださって感謝しています。伊藤先生、水野先生、原先生も長時間ありがとうございました。

 このあとは会場からの質問に答えるQ&Aコーナーに移ります。
すべての質問にお答えすることはできませんが、時間の許すかぎり取り上げたいと思います。

Q1 子どもが急に暴れ出したり、物を投げたり、叫んだりしたときには、どんな言葉をかけたらいいのでしょうか。対処法を教えてください。


A1 

回答:原 聡子

 本人はパニックになっているわけですから、そこで「静かにしなさい!」「やめなさい!」などと叫んだりしてはいけません。とにかくドーンとかまえて、落ち着いて対応することが大切です。
 ほかの子どもがかかわっている場合はその子を引き離し、パニックになっている子どもを抱きしめて守る姿勢を示します。ただし、本人は邪魔をされたとしか考えませんから、「大丈夫、守ってあげるから」と声をかけながら包み込むように接してあげましょう。
 体を触られることに敏感な子もいるので、それを知っておく必要もあります。そういうタイプの子どもには、体に触らず、「大丈夫、大丈夫、あとでゆっくり話を聞くからね。とりあえず落ち着こうね」と話しかけて、今、何をすればいいかを言葉で教えてあげるといいでしょう。たとえば、「一緒に深呼吸してみよう」と言って、子どもと一緒に深呼吸をくり返し、「気持ちが落ち着いて来たね?」と話しかけるなど、本人がひとりではできないことを一緒にやってあげて、場を落ち着かせることが大切です。


回答:水野 薫

 「急に暴れ出した」ということですが、おそらく本人の中には理由があるはずです。まずは今、原先生がおっしゃったようにクールダウンをさせて気持ちを鎮めてから、そのあとで、直後でなくてもかまいませんから、なぜ暴れたのか、原因をしっかりつかんでおく必要があります。
 年齢や能力にもよりますが、本人が言語化できるのであれば本人から原因を聞き、言語化できない場合は、そのときの状況から推測して原因を把握してください。そして、再び同じような状況にならないよう、そうした状況を避けるように配慮することが大切です。
 ただし、すべての不快な状況を避けてしまうと子どもは成長しません。子どもにとって不快な刺激を徐々に減らしていきながら、たとえ不快な状況になっても、できるだけ短時間で気持ちを落ち着かせることができるようにさせていくのがコツです。そのとき、以前パニックになったときには、こうしたら落ち着いたとか、こうしたらもっと暴れたなど、過去の出来事をふり返ってみると手がかりがみつかることもあります。そうやって、その子に合ったやり方を探していくといいでしょう。


Q2 発達障がいを抱えて学齢期を過ぎた人は、どのような社会参加をしているでしょうか。就職率や就労形態などがわかれば知りたいです。


A2 

回答:伊藤寛晃

 就職については、非常に厳しいといわざるを得ません。障がい者手帳が取れればいいのですが、ちょうど健常者と障がい者の境目にあるので、語弊があるかもしれませんが、運がいいと手帳は取れるし、運が悪いと取れないという状況があります。
 手帳を取得できた場合は、障害者雇用促進法により、一般企業では全従業員の1.8%は障がい者を雇わなければいけないと定められているので、そのワクを利用して就職できる可能性もあります。ただし、そのワクの多くは身体障がい者で占められているのが実態です。
 手帳を取得できないとなると、一般の人たちと競うことになるので非常に難しいです。だからといって、どこでもいいから入れる会社に行くというのも心配です。一見、発達障がいがあるとはわからない人が理解のない会社に入った場合、大変な目にあうことがあるからです。上司からは叱られ続け、同僚からは「なんでこいつと同じ給料で働かなければいけないんだ」などと言われてボロボロになり、深刻な問題を抱えて私たちの学校入ってくるケースもあります。
 私としては、できれば障がい者手帳をなんとか取得し、これを武器にして働く道を探すほうが有利かなと思っています。障がい者の認定を受けることに抵抗のある親御さんもいますが、手帳取得によるメリットはあっても、デメリットはまったくないといっていい。
 私たちの学校でも、学生が手帳取得のための診断を受ける際、とくにIQの高い学生には、「前日に遅くまでテレビを観させていいですよ」と親御さんにアドバイスすることもあります。つまり、わざとコンディションを悪くして診断を受け、手帳取得につなげようというわけです。


回答:水野 薫


 今、伊藤先生が紹介されたのは、発達障がいの中でもやや遅れが目立つ人たちのケースだと思いますが、一方で、知的な能力が非常に高く、社会に適応している人たちも決して少なくありません。その人たちに共通しているのは、自分に合った仕事をきちんとやっていることです。
 逆に、私の周辺でも社会に出て失敗した人が何人かいます。たとえば、自分と同じ思いをしている人の手助けをしたいと思って心理職に就いたアスペルガー症候群の人、あるいは、アスペルガーだと気づかずに勉強だけを一生懸命やって教員になった人もいます。しかし、彼らは仕事がちゃんとできないために辞めざるを得ませんでした。自分と同じ思いをしている人を助けたいという気持ちはよくわかりますが、もともと人づきあいの苦手な人が、人を相手にする仕事に就くのは難しいのです。
 そのほか、よくあるのが小さい頃からコンピューターの扱いに堪能なケースで、「うちの子は、将来は在宅でパソコンを使った仕事ができるんじゃないか」と思っている親御さんが意外に多いのです。しかし、個人で仕事をする場合は、自分ひとりの力で仕事をとってこなければなりません。相手としたたかにかけひきができなければ仕事はもらえません。下手したら、いいようにだまされるのがオチです。個人で仕事をする場合は、そういういろいろな状況を読まなければいけませんから、広汎性発達障がいの人や、小さい頃から対人関係や友人関係でつまずいている人にはおすすめできません。  それから、企業の人事担当者に聞いた話ですが、学歴は高くないほうがいいそうです。シビアな話ですが、大学出となれば、企業としてはそれなりの待遇をしなければなりません。だから採用試験の段階ではねてしまいます。今の時代、中卒や高卒で就職するのは厳しいわけですが、逆に学歴が邪魔して採用されない場合もあるわけです。そのへんのことも十分考えたうえで、子どもの進路を選んでいく必要があると思います。


Q3 発達障がいの子どもたちの教育を行っている専門機関やサポート校の情報を教えてください。情報の調べ方だけでもかまいません。


A3 

回答:水野 薫

 インターネットでかなり調べられますが、「LD親の会」なども情報をもっていると思います。東京都には「にんじん村」「けやき」「くじら」などの大きな親の会があります。こうした親の会のネットワークを使ってみたらどうでしょうか。


回答:荒井裕司


 このセミナーを主催する「登校拒否の子どもたちの進路を考える研究会」代表の荒井裕司です。私は、東京国際学園高等部というサポート校の学園長でもあり、その立場から、サポート校における発達障がいの子どもたちの教育についてお話ししたいと思います。
 サポート校は、子どもの心の状態や学力レベルに合わせた柔軟な対応ができることが大きな特徴です。一般の高校のように出席することを前提としたカリキュラムではないので、不登校などによりなかなか出席できない子、発達障がいなどにより学力的に遅れのある子に対しても、一人ひとりのペースに合わせてきめ細かな学習指導を行うことができます。
 発達障がいのある子どもたちは、学齢は高校生でも、算数の九九や加減乗除などの基礎的な学習が身についていない場合が多いので、そうした生徒には、まず小学生レベルの学習に戻って学び直すところからスタートします。その子の得意なところ、伸ばしていくべきところはどこかに注目し、無理のないペースでじっくり指導し、「わかる!」「できる!」という喜びと達成感を味わえる授業を心がけています。一方で、発達障がいの中でも知的能力の高い子どもたちには、たとえば大学進学に向けた学習指導も行います。つまり、一人ひとりの特徴とニーズに合わせた柔軟な指導を行っているわけです。そのほか私の学園では、友だちづくりに配慮したクラス編成、カウンセリングセンターとの連携による心理面のサポート、就職試験・入学試験の面接指導なども行っています。
 このようにサポート校は、現在の学校教育制度とは離れたところで子ども本位の教育を実践し、3年間で高校卒業資格を取得できることから、不登校や発達障害の子どもたちの学びの場として、近年注目をあびているのだと思います。


Q4 小学校4年生の女の子です。そろそろ通常学級から特別支援学級に移ったほうがいいのか、様子を見極めているところです。  学力は1年生程度で、友だちと対等には遊べないけれど、一緒に楽しめているようです。担任の先生は「居場所があるので、このままでもいいのではないか」と言いますが、何をポイントに考えたらよいでしょうか?


A4 

回答:水野 薫

 まず、この子にとってクラスの中に、本当に居場所があるかどうかですね。友だち関係をちゃんと築けているのかどうか、その中で自主的に判断して動けているのかどうか、そのへんがひとつのポイントになると思います。
 学力は、教え方が悪いから伸びないということもあるので、そこを改善すれば済むわけですが、集団の中で自分らしさを発揮できていない、友だちのあとにくっついて遊んでいるけれど、ただそこにいるだけという状態なら、通常学級に在籍しているメリットは少ないと思います。「人のあとにくっついていくだけで、自分では何もできない」ということを学んでしまう可能性もあるので、そのへんを確認してみる必要があります。
 もうひとつは、できれば知能検査を受けて、どの程度の発達レベルなのかを把握したほうがいいでしょう。それは特別支援学級に移る移らないという問題以前に、今できることは何かを、もう一度見直す意味で大事なことです。特別支援学級に移ったとしても、発達レベルがわからないと、きちんとした個別指導プログラムが作れないので、知能検査という客観的な情報と、実際の生活面での情報から見極めていく必要があると思います。


Q5 はっきりした診断はまだつかないのですが、児童精神科を受診しました。
診断名がわかるまでは、どのくらい時間が必要なのでしょうか?


A5 

回答:原 聡子

 おそらく医師は、はっきりと診断名を言わない場合が多いと思います。専門的な病院では明確な診断名を出すところもありますが、とりあえず2~3年、様子をみながら診断を下していく医師のほうが多いのです。
 これには医療側の事情があり、診断の技術に関して、まだ足並みがそろっていないからです。日本において発達障がいという概念が出てきたのはつい最近であり、まだまだ専門家といわれる人たちの多くは学びの途上にあるというのが現状です。
 ですから、医療機関を受診するときには、どんなことに困っていて、何を解決したいのかを明確にして相談されるべきだと思います。そうした目的意識を明確にして相談に行けば、診断名にこだわらずに済みますし、土井くんのお母さんのお話にもあったように、そのときどきで診断名が変わるケースも少なくありません。
 診断名にこだわるよりも、今、困っている問題、解決したい問題は何か、それはどうしたら解決できるのかを、医師と相談しながら探していくと考えたらいかがでしょうか。

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