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登進研バックアップセミナー59・講演内容
不登校―明日から親にできるカウンセリング
わが子とのコミュニケーションは親の意識改革と技術によって変わる
講師:岩佐壽夫(家庭ケースワーク研究所所長)
1. 子どもの心が癒される言葉
私はこれまで40年近い臨床経験をもっていますが、そうした経験のなかから、相手の心を癒したり、勇気づけるために、私がよく使っている言葉を以下の表にまとめてみました。ここには、同じ仕事をしている専門家から聞いて、「いいな」「使えるな」と思った言葉も含まれています。
励ましとして
☆ 「やらず」に後悔するよりも、「やって」後悔するほうが何倍もいい。
☆ 「困難」なことは、そのことを乗り越えられる人だけにやってくるものだ。
☆ 「できない」ことは確かにいっぱいあるけれど、「できる」ことはもっとある。
☆ そうやってがんばっている「自分を裏切ってしまう」ことはよそうよ。
問題解決のために
☆ 相手のことが「わからない」と言って悩むより、「わかりたいなあ」と思いながら悩もうよ。
☆ 知っていた? 笑顔は人をなごませるためにあることを。
…赤ちゃんを見ているとそう思わない?
自分自身のために
☆ 「自分自身」を好きにならなければ、ほかの人はあなたを好きになってはくれないよ。
☆ 「目」に見える優しさと、「目に見えない心」の優しさがある。
挫折して落ち込んでいるときに
☆ 「若いとき」にかっこ悪い経験を多くした人ほど、「かっこいい」大人になることは間違いない。
☆ どんなにつらく苦しくても「この今」を懐かしく思える日が必ず来る。
☆ 失敗とは、失敗を恐れて「挑戦しない」こと。
進路で迷っているときに
☆ どんなことでも、これから始めるのに「もう遅い」ということはひとつもない。
☆ どんな道を選ぶかではなく、選んだ道で「どれだけやれたか」がはるかに価値のあること。
☆ そうやって「迷っている」のは、なによりやりたい証拠。
☆ 「できる」「できない」じゃなくて、自分はどれだけ「したいか」と考えてみて。
これらの言葉を、お父さんお母さんが使うことによって、お子さんの心がラクになったり、今の状況を自分の問題として考えていけるようになる…そういったことにつながるのではないかと思います。
ただし、即効性はないかもしれません。また、ふだんろくに話もしないようなお父さんが突然こんなことを口にすると、かえって嫌みっぽく聞こえたり、わざとらしい感じになりかねません。ですから、日常会話の自然な流れのなかで、かつ、これらの言葉をそのまま使うのではなく、自分の言葉に置き換えて、お子さんに伝えるといいでしょう。
なお、私たちカウンセラーが子どもに向かって言うのと、ご両親がわが子に向かって言うのとでは、言葉は同じでも、その意味や状況がまったくちがいます。ご両親が言うほうがはるかに難しいし、失敗する確率も高いでしょう。しかし、私たちの場合、いったんかかわりに失敗すると関係の修復にものすごく時間がかかりますし、二度とカウンセリングに来なくなる可能性もありますが、ご両親なら失敗してもいくらでも修正がききます。それが親子のかかわりというものです。
ここに紹介した言葉は、ほんの一例にすぎません。これをヒントにして、ご自分なりの言葉をどんどん広げていってほしいと思います。
2. 叱り方の5原則
次に「叱り方」についてお話しましょう。「ほめ方」のほうは、ご両親が自分のお子さんをいくらほめても、それでその子がダメになるというような心配はありません。しかし、叱り方を間違えるとかなり問題です。
叱り方には、以下のような5つの原則があります。
1. 行為を叱る
叱り方について、ご両親がいちばんよくやってしまいがちな失敗のパターンは次のようなものです。
たとえば、「明日は朝8時に起きる」とお子さんが約束したとしましょう。ところが、朝になって、お母さんが「8時よ」と声をかけても、「わかってるよ」と言いながら起きてこない。9時になっても、10時になっても起きない。
こんなときは、「8時に起きる」と約束したのに守らないお子さんの「行為」や「行動」について叱ってください。こういう叱り方は大賛成ですし、親として当然のことです。また、朝起きたらパジャマを脱いで、きちんと洋服に着替えなさいと言っても、一日中パジャマで過ごす。これも叱っていいです。
ところが、ご両親の多くはそこから話が横すべりして、「あなたはいつもそうよね!」「そういうだらしない格好でいるのは性格がだれてる証拠よ」とか、その子の性格にまで話が広がってしまいがちです。
要するに、行為は叱ってもいいけれど、その子の人格にふれる叱り方をするなということ。子どもを叱るとき、この視点だけはブレてはいけません。
2. 蒸し返さない
これは簡単にいえば、叱ったら忘れてしまえということです。一度、叱られたことを、またくりかえし言われるのは、たとえ本人が「自分が悪かった」と思っていても、うんざりしますし、傷つきます。具体的には、「お前は昔からそうだった」「このあいだも言ったでしょ」など。こういう言い方は、ひかえたほうがいいでしょう。
3. その子の立場を考える
私は子どものころ、親から「お前はどうして兄貴に比べて…」とさんざん叱られましたが、これを言われるたびに劣等感にさいなまれました。
よく言われるように、「ほめるときはみんなの前で、叱るときは一対一で」というのは大事な原則です。子どもだって、子どもなりの立場や対面というものがあります。ですから、その子なりの立場を考えて叱ってほしい。とくに、ほかの家族がいるところで叱るのは、かなりマイナス面が大きいように思います。
4. 比較しない
これは「3.その子の立場を考える」とよく似ていますが、きょうだいや友だちなど、ほかの人と比べてお前はダメだという叱り方をするのは非常によくない。「○○ちゃんはできるのに、どうしてあなたはできないの?」とか「どう見ても、お母さんの子とは思えない」というような言い方は避けなければいけません。
これは叱るときだけでなく、ほめるときも同じで、「お姉ちゃんに比べて、あなたはよくできるわね」という言い方も決してプラスにはならないと思います。
5. 逃げ道をつくる
これは、叱るときに逃げ道がなくなるほど追いつめないということ。とことん追いつめて、いいわけがまったくきかない状態にすることは、人格をひどく傷つけることになりかねません。本人が反省したり、希望をもてるような余地を残した叱り方をすることが大切です。
それには、親が怒ってしまったらダメ。「叱る」と「怒る」では大きなちがいがあります。叱るというのは、こちらが冷静でなければできません。親はつい感情的になって、叱っているつもりが、怒る、どなるということになりがちですから気をつけたいものです。
3. 子どもにやってはいけないこと
1. 学校に行けないことを叱らない
次に、家族のはたらきかけで、やってはいけないことについてお話しします。
まず、私は、不登校の子どもを基本的に叱ってはいけないと思っています。それは、お子さんが「学校に行けてない状態」を叱るなということであって、先ほどお話したように、その子の「行為」を叱るのはかまいません。
なぜ叱ってはいけないかというと、叱っても、なにひとつ状況が変わらないからです。叱ったら、子どもが反省して学校に行くようになったという例は、めったにありません。むしろ叱れば叱るほど自分のなかにこもってしまうし、さらに悪いことには、叱ることによって親子関係がますます悪化してしまいます。
小さなお子さんの場合は、叱ったときだけ学校に行くというケースもありますが、それはそのときだけで持続しませんし、自分の力で問題を乗り越えていくということにつながっていきません。
2. 子どもと議論しない
親御さん、とくにお父さんがよくやってしまうのは、子どもに向かって議論をしかけて、滔々と正論を述べることです。「このままずっと学校に行かないで、社会に出られると思うのか」「世の中はそれほど甘くない」「自分がどうすればいいかは十分わかっているはずだ」など、親御さんの言うことは、すべて「正しい」ことばかりです。
しかし、「正論の恐ろしさ」ということをご存じでしょうか。子どもは、親からこういう正論をぶつけられたら返す言葉がありません。黙り込んでしまうか、「だから、どうしろっていうんだよ」と居直るしかないのです。
親と子が議論をして、親が勝ったからといって、不登校が治ったためしはありません。だったら、言いたいことは山ほどあるでしょうが、なにも言わないほうがずっといい。言ったことで唯一プラス面があるとしたら、親が「私は言うべきことを言ったから、あとはお前の問題だ」と、子どもに責任を押しつけてしまえること。でも、状況は変わらないから、なおさらつらくなる。だから、また子どもに議論をしかけて勝つ。そのくりかえしです。
4. 子どもにやってほしいこと
1. 子どもの気持ちを理解する
反対に、ご両親にやってほしいことは、お子さんの気持ちをわかること、お子さんが置かれている状態を理解することです。
私の長い相談経験からいっても、不登校という状態を楽しんでいる子どもは、めったにいません。最近、学校に行かない以外はなんの問題もない、いわゆる「葛藤のない不登校」の子をときどき見かけますが、それは例外的な存在であって、多くの子どもは学校に行けていない自分自身を責めています。
ですから、親が子どもになにか話をするときは、まず、「つらいよね」「苦しいだろうね」と共感するところから話を始めるべきだと思います。
この言葉を口にするときは、「なにがつらいの?」「なにが苦しいの?」とか、「どうすれば、そのつらい苦しい状態から抜け出せると思う?」といったことを子どもに問いたださずに、理屈抜きで共感することが大切です。親は、どうしても、そういうことを聞きたくなるものですが、お子さんが自分から言い出すまでは聞かないほうがいい。とくに思春期(中学生)以降のお子さんに対しては、親はできるだけ「聞き役」にまわることが大事です。
「なにも話してくれないから、聞き役にまわりようがない」と言う親御さんもいるかもしれませんが、相手が話し出すまで5分、10分…と待ちつづける。その沈黙のつらさを味わってほしい。聞き役にまわるとは、そういうことです。
そうして聞き役にまわって、もし、お子さんがポツリポツリと話しはじめたら、そのときは、お子さんがしゃべった最後の言葉をもう一度くりかえしてお子さんに伝えるようにしましょう。これは私たちカウンセラーがよく使う手法ですが、たとえば、「そうか、あの先生とそういうことがあったんだ、そうかぁ…それで?」というふうに語りかけると話が次につながっていきやすいと思います。
2. 子どもの気持ちの代弁者になる
先の「つらいよね」「苦しいだろうね」のあとに言うべき言葉として、「悔しかっただろうね」という言葉があります。
これは、不登校に至った原因として、その子なりに思いあたるものがあるはずで、それについて「悔しかったね」と共感してあげるということです。
ただし、これは親として、親の気持ちに立って「悔しい」と言うのではなく、その子の気持ちになって、その子の立場に立って「悔しかったね」と言ってあげることが大切です。そうすると、子どもは気持ちがとてもラクになります。不登校は、最終的には自分が乗り越えていかなければならない問題であり、親が代わってあげることはできません。しかし、自分の気持ちをわかってくれる人、共感してくれる人がそばにいることは、どんなに心強いことでしょう。
3. プラス思考で考える
行動療法という援助方法のひとつに「リフレーミング」というものがあります。これは、あるものごとを別の側面(フレーム)から見ると、まったくちがったとらえかたができるという一種のプラス思考の考え方です。
たとえば、私はお酒が大好きなんですが、なけなしのお金をはたいて手に入れた大吟醸も飲めばだんだん減っていきます。瓶の半分くらいになったとき、「ああ、もう半分しかない」と思うか、「まだ半分もある」と思うか。この「まだ半分もある」というのがリフレーミングです。
また、「よく言えば○○」という言い方がありますが、これもリフレーミングです。たとえば、「神経質で、細かい子」は、よく言えば「繊細で、よく気がつく子」になるわけです。わが子が不登校になると、ご家族全員がマイナス思考になりがちですから、このリフレーミングの発想を、ぜひ毎日の生活に取り入れてほしいと思います。
5. 人間関係の潤滑油となる言葉を大切に
●あいさつはコミュニケーションの基本
最後に「コミュニケーション言語」の大切さについてお話ししたいと思います。「コミュニケーション言語」とは、簡単にいえば、「おはよう」から「おやすみ」まで、私たちがふだんから使っているあいさつのことです。私はこれを「信頼関係基本あいさつ言葉」と言っています。
あいさつは、なくても済むものです。「おはよう」と言わなくても用は足りるし、人間関係がとくにギスギスするわけではありません。しかし、「おはよう」といえば、お互いに気持ちがなごみます。黙って食事をするよりも、「いただきます」「ごちそうさま」と言ったほうがずっと気分がいい。そのほか、「行ってきます」「ただいま」「ありがとう」「ごめんなさい」など、言わなくても困らないけれど人間関係の潤滑油となるような言葉がたくさんあります。
しかし、子どもが思春期になるにつれて、これらのあいさつが家庭からなくなってしまいがちです。親子の間だけでなく、ご夫婦同士がそういうあいさつをしなくなることも多いようです。それをもう一度、復活させてほしいと思います。
また、思春期の子どもは、なにかというと、「別に」「関係ねーだろ」「うるせーんだよ」という言葉を口にします。私は、これを「人間関係不信あいさつ言葉」と言っていますが、わが子がこういう言葉を使ったときは、「この年齢の子はこういう言い方をするものだ」と思って、サラッと受け流してください。
その言葉にとびつくと、「あんたは、どうしていつもそういう言い方をするの」「いつからそんな子になったの」「○○くんみたいにガラの悪い子とつきあってるからじゃないの」というように、話がどんどん横道にそれてしまいます。
ですから、そういう言葉を言われても聞き流して、子どもがあいさつをしなくても、あいさつの言葉をかけつづけてください。こちらが「おはよう」と言えば、そのうち必ず「おはよう」と返してくるようになります。場合によっては、うんとうなずくだけかもしれませんが、そういう関係性を日頃からつくっておくと、いずれ必ずカウンターパンチのように効いてきます。
●体で伝える言葉をたくさん使う
もうひとつは「身体言語」の大切さ。これはコミュニケーション関係学の専門家のあいだで一致した見解ですが、言葉として出す自分の気持ちというものは、わずか6~7%にすぎないといわれています。つまり、自分の気持ちを伝えるのは言葉ではなく、ほとんどは「身体言語」によるものだということです。身体言語とは、身ぶり手ぶり、声の抑揚、表情など、体で伝える表現のことです。
ですから、お子さんと話をするときは、できれば面と向かって、相手の顔を見ながら話をしてほしい。相手がこちらを見なくてもかまいません。「お父さんの目をちゃんと見なさい」なんて言うと、また話が横道にそれますから、それはほうっておいて、ただし、こちらは子どもの顔をしっかり見て、その子に向かって「体で伝える言葉」をたくさん出して話をしてほしいと思います。