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登進研バックアップセミナー62・講演内容
不登校―心が動きだす“条件”とは?
「学校に行かせる」ことより、もっと大切なことを忘れていませんか
講師:木津秀美(富士見市教育相談研究室室長)
不登校の状態だけを見て、子どもの性格や能力を決めつけない
今日は、学校に行けそうな気配がちょっと感じられるようになってきた段階の子どもに、親としてどう対応したらいいのかについて、お話ししたいと思います。
不登校には、ある日突然、学校に行けなくなってしまうケースや、行ったり行かなかったりをくりかえしたあとにパタッと行けなくなってしまうケースなど、いろいろなパターンがあります。
こうした子どもの心理状態は、心の奥深いところで自信を失っている状態ですから、なかなかまわりの人にはわからないところがあります。かなり傷ついている場合もあれば、親のちょっとした励ましや友だちのサポート、先生のアドバイスで再登校できる場合もあります。
つまり、「学校に行く、行かない」という行動だけで判断すると、子どもがいま、どんな心理状態にあるかという本質が見えなくなってしまいがちです。結果だけで判断すると、大きな誤解をまねく場合もあるということです。
たとえば、不登校の初期のころは、ほとんどの子が部屋にとじこもったり、一日中寝ていたり、昼夜逆転になったり、家族に暴言を吐いたり、気持ちが混乱したり、意気消沈したりして、とても外に出られるような状態ではありません。着替える気力もないから、1週間も同じTシャツを着たままだったり、床屋にも行かず髪もボサボサになります。
大切なことは、こうした状態は、その子本来のパーソナリティではないということです。つまり、その子の性格や人間的な能力でそういう状態になっているのではないのです。
誰でも、人生がうまくいっているときは気持ちが前向き、外向きになり、クラス会の案内が来たりすると「行こう!」と思います。ところが、問題をかかえているときは、親しい友だちから食事に誘われてもなんとなく行く気になれない。このように私たち人間は、そのときの境遇や状況によって、まったく違った行動をとることがよくあります。
これを不登校の子どもにあてはめて考えてみると、人に会いたくない、部屋から出たくないといった行動をしたからといって、ダメな子とか偏屈な子と判断するのはまちがいだということです。なぜなら、いずれ社会参加できる段階になってくると、部屋にとじこもっていたときとは、かなり状態が変わってくるからです。不登校の状態だけを見て、子どもの性格や能力を決めつけないことが大切です。
真っ暗なトンネルの中にいると、親としては、ずっとこの状態が続くのではないかと悲観的になりがちですが、正しい対応をしてあげれば、子どもは、いずれ必ず元気を取り戻します。そこで、ここからは私がこれまでの経験のなかで学んできた、不登校の子どもたちへの対応の法則性をあげながら、親としての対応を考えてみたいと思います。
天の岩戸と人の心は内側からしか開かない
……開いたときに受け入れてあげることが大切
固く閉ざした心は、どんなに力ずくでこじ開けようとしても、なかなか開きません。しかし、本人がみずから開けようと思ったときには、内側から開けることができます。そして、その子が自分の心を開こうと思うためには、心を開くような状況や人間関係をつくっていくしか道はありません。具体的には、子どもが自分の心を開いて、心が動き出した“きざし”を見つけるということです。
たとえば、自分から着替えるようになったり、床屋に行ったり、お風呂に入る回数が増えるなど、身ぎれいにしようという気持ちが行動にあらわれてくるのも、よくあるきざしのひとつです。それは、心にゆとりが生まれてきた証拠であり、心が元気になっていくきざしでもあります。
そんなときは、夕食を食べていると、ふと「今度、床屋に行こうかな」と言ったりします。そのときに「じゃあ行ったら」と2,000円あげたりするよりも、「お兄ちゃんも行きたいと言ってたから、ついでに予約を入れてあげようか」というように、さりげなく手助けをしてあげるといいでしょう。
親は子どもの「浮き輪」になれ
不登校のお子さんを支える親の役割というのは、泳ぐときの「浮き輪」をイメージするとわかりやすいかもしれません。「人の海」で傷ついた子どもは、海に入ることを怖がります。そんなときは、まずは浮き輪につかまって、浅瀬でジャブジャブやって慣らしていくことが必要です。慣れてきたら、少しずつ深いところに進んでいきます。そして、自分の泳ぐ力に自信がついたり、余裕が生まれてきたら、子どもはみずから浮き輪をはずして、自力で泳ぎはじめるでしょう。
ただし、子どもが自力で泳ぎはじめても、「もう浮き輪は必要ないわね」と勝手に判断してはいけません。なぜなら、子どもが自分から主体的に浮き輪をはずせるのは、それまで使っていた浮き輪が、絶対に自分を裏切らないと信じているからです。つまり、浮き輪をはずしても、自分だけの浮き輪を身近に置いておけば、苦しくなったときにつかまることができるという安心の保障があるからこそ、泳ぐことができるんです。
ですから、浮き輪は完全にその子のものでなくてはなりません。浮き輪が勝手に考えて、動きまわってはダメ。たとえ動きまわるにしても、子どもの気持ちを確認したうえで動かないと「浮き輪」として機能しません。
では、子どもにとって、どんな浮き輪が望ましいのでしょうか。それは、大波が押し寄せてきたとき、ツメを立ててギュッと握れる浮き輪です。そうした頼りになる浮き輪、安心できる浮き輪がいつも身近にあればあるほど、子どもは少しずつ浮き輪から手を放し、冒険をするようになります。やがて、浮き輪は浜辺に打ち上げられたゴミのように不要なものになっていきます。でも、それは子どもがしっかりつかまって荒海を乗り越えるために、とても大切な役割を果たした浮き輪です。
心が動きだす“きざし”とは?
では、子どもが自分の心を開き、心が動き出すきざしとして、具体的にどんなことがあるのかをみてみましょう。
1. 自分から着替えるようになり、床屋に行ったり、お風呂に入る回数が増える
このようなきざしがあらわれたとき、親はどんな手助けができるのでしょうか。
たとえば、自分で着替えるようになったとき、「着替えるようになったから、新しいTシャツを買おうね」と言ったりすると、子どもは自分が迷惑をかけていることがわかっていますから、これ以上の負担はかけたくないと思って、遠慮したりするので、こういうはたらきかけはあまりよくありません。自分を卑下し、自己否定している子どもたちですから、自分のためにだけ買うというのは嫌がります。
ですから、このような場合は、「スーパーでお母さんのTシャツを買ってくるんだけど、ついでにあなたのも買ってこようか?」といったサポートが望ましいでしょう。
2. マンガ本をひもでくくって廊下に出したり、自分の部屋の掃除や整理をする
心が外に向けて動きだしたり、心にゆとりが出てくると、人間はいろいろな整理整頓をやりはじめることがあります。逆に、心が安定していなかったり、寂しかったりすると、自分の身のまわりをモノで固めないと落ち着かなくなります。ひとり暮らしのお年寄りなどは、よくコタツの上にいろいろな物を乗せたまま生活していますが、それはひとりで寂しいということを物語っています。
子どもの部屋にあるマンガ、CD、ゲームソフトなどがどういう状態になっているかは、心の安定の度合いを知るためのバロメーターになるといえるでしょう。
3. 家族(多くは母親)のそばやまわりにいることが増える
適応指導教室などでもよくみられることですが、それまで疎遠だった子どもが、何げなく相談員のまわりをウロウロしはじめることがあります。その意味に気づかない相談員は、「何か用でもあるの?」などと聞いたりします。用があるから相談員に近づいてきているのに、そういう言われ方をすると身もフタもありません。子どもは「別に……」と言って離れてしまいます。
こういうとき、子どもは何か用があるんだけれど、それを言い出せない苦しさを感じていることが多いようです。したがって、こちらから会話のきっかけや話題を提供してあげるといいでしょう。「別に……」と会話を遮断してしまう状況をつくっているのは、子どもではなく、大人のほうであることを理解できると、子どもは親にグーンと近づいてきます。
4. 乱暴な言葉が減り、怒りやイラつく気持ちを切り替える時間が短くなる
それまでは、ちょっと傷つくようなことを言ったりすると、1週間も親を恨んだり、口をきかなかったりしたのに、回復期に入ると、こうした状況がみられるようになります。
5. 弟や妹の勉強を見てやったり、思いやりを示すようになる
この時期になると、こうした余裕も出てくるということです。不登校の初期や中期のころは、きょうだいのなかで自分だけ登校していないという負い目もあり、妹の教科書を隠したり、母親のいないところで弟をいじめたり、意地悪をしたりすることがあります。そんなとき、「おまえはひどいお兄ちゃんだ」と決めつけて、責め立てたり、人格攻撃をするのは避けたほうがよいでしょう。なぜなら、状況が変われば、簡単に改善されることだからです。
6. 大人から見ると非合理的・非能率的で、無駄・無意味なことをやりはじめるが、 三日坊主のことが多い
「そんなことをやったって何の役にも立たない」と言いたくなるようなことを、なぜかやりたがったりします。たとえば、小学校3~4年生のころ、塾に通っていたためにできなかったことを突然やりはじめたりします。それは、やり残したことを取り戻そうとしているのかもしれません。ちなみに子どもの成長からみると、幼いころに非合理的なこと、非能率的なこと、無意味なことをにいっぱいやることはとても大切です。
なお、不登校のこの時期にある子どもは、非合理的・非能率的で、無駄・無意味なことをやりはじめますが、長続きはしませんので、親としては「無駄づかい」のように感じられたり、多少出費がかさむこともあります。しかし、こうした無駄なことをやる時間を経験しないと、人間は大人になりきれないところがあります。それらは、無駄な時間だったり、人間関係だったり、さまざまな物だったりしますが、子どもにとっては必要なことなので、それを保障してあげることが大切です。
7. かつての友人と電話で話したり、メールのやりとりをするようになる
不登校の小学生をもつお母さんなどは、「友だちが家に遊びに来るけど、自分からは外へ遊びに行かない」と心配する人がいますが、それで大丈夫です。この時期は家に遊びに来てもらって、いっぱい遊べば十分。まず、自分のホームグラウンドで遊ぶことが大切なんです。家にいれば、友だちとの関係で苦しくなっても、すぐにお母さんの顔が見られますから、子どもは安心して遊ぶことができる。そのような段階を踏むことによって、やがて外へ遊びに行けるようになるのです。今できることを積み重ねていくことが重要です。
8. 担任の先生やクラスメートと自宅で短時間なら会えるようになる
自宅で友だちと話をしたり、担任の先生と会ったりする時間が多くなると、子ども自身に自己肯定感が生まれ、「天の岩戸」が開くように、「外に遊びに行こうかな」と思うときが訪れます。親が作為的に外に出るような対策を立てるよりは、子どもの成長のきざしや言動の変化に合わせて、動ける条件整備をすることが大切なポイントです。
心は感情と認識でできている
……感情を理解してあげれば、子どもの認識力は広がる
その子なりの「登校したい気持ち」を理解し、条件設定をしてあげれば、視野が広がり、安心して行動できるようになります。現実的に、登校に向けて子どもが動き始めたとき、どうすればよいのかについて、以下の4つの状況を例にして考えてみましょう。
1. 体操服なら登校できるというのであれば、学校の先生や相談員と打ち合わせて、登校できるような条件設定をする。
2. 教室以外の部屋なら登校できるというのであれば、学校の先生や相談員と打ち合わせて登校できるような条件設定をする。
3. 休日や早朝、放課後なら登校できるというのであれば、学校の先生や相談員と打ち合わせて、登校できるような条件設定をする。
4. 母親や相談員、友人などと一緒なら登校できるというのであれば、学校の先生や相談員と打ち合わせて、登校できるような条件設定をする。
上記の4つの例にもあるように、その子なりの条件が整えば登校できるのなら、その条件をできるだけ尊重して、学校の先生や相談員と連絡をとりながら、登校に向けた準備を進めたほうがよいでしょう。大切なことは、そのときそのときの子どもの気持ちを敏感に察知して、常識にとらわれることなく、臨機応変に対応策を考えることです。
最後に、子どもが自分の心を開いて、心が動き出した“きざし”が見えたとき、親はどんな手助けができるのか。その対応の例をあげました。以下のAパターンとBパターンの会話を読みくらべて、対応のちがいを考えてみてください。
子どもの心を開く会話例
●部屋のゴミ出しでの母親と息子・太郎(中3)の会話
母親が2階に上がると、太郎の部屋の前にひもでくくった本やゴミ袋がたくさん置いてある。
Aパターン(一般的な会話)
母1:トントン(太郎の部屋をノック)
太1:なに?(部屋から顔を出しながら)
母2:こんなにいっぺんにゴミを出して! 困るのよ、廊下が通れないでしょ!
太2:うるさいなー。いつも部屋を片づけろって言っているのはお母さんだろ!
母3:確かに言ったけど、太郎は極端すぎるよ
太3:片づけても文句言うし、やってられないよ。
母4:だいたい、今日はゴミの日じゃないでしょ!
太4:そんなのオレ知らねーし。
母5:結局、ぜんぶお母さんがするんだから…。
太5:あーあ、片づけなきゃよかった。なにやっても文句ばっか言うし、イヤなんだろオレのことが。
母6:なにもそんなこと言ってないでしょ!
Bパターン(共感的な会話)
母1:トントン(太郎の部屋をノック)
太1:なに?(部屋から顔を出しながら)
母2:(部屋をのぞきながら)ずいぶんときれいになったわね。時間かかったでしょ。
太2:ああ、まーね。きのうの夜から昼くらいまでかかったから、少し眠い。
母3:大丈夫? ひもやゴミ袋とか、足りないものはない?
太3:あー、ビニールテープとガムテープかな。
母4:じゃあ、今買ってくるわね。
太4:待って、オレも行く。着替えるから。
母5:うん、車出して待ってる。
太5:隣町のホームセンターがいいんだけど、いろいろ揃ってるから。いい?
母6:いいわよ。お母さんもそう思ってたんだ。
●再登校に向けての娘・花子(中1)と父親の会話
花子が、体操服(ジャージ)なら再登校できると言う。
Aパターン(一般的な会話)
父1:母さんから聞いたけど、ジャージで学校に行きたいって?
花1:うん。
父2:だけど、みんな制服で行ってんだろ?
花2:うん。でも、朝練とか、ジャージもいるよ。
父3:それは理由がちゃんとしてるけど、お前は?
花3:だって、制服だと気が重いし……。
父4:そんなの理由にならないし、非常識だぞ。
花4:もー、だからお父さんと話したくないんだ。
父5:なんだと!
花5:ほら、そうやってすぐ怒るし、やだもう!
父6:まったく、お前はわがままなヤツだ。勝手にしろ!
花6:お父さんなんて嫌い!(と自分の部屋に消える)
Bパターン(共感的な会話)
父1:母さんから聞いたけど、ジャージで学校に行きたいって?
花1:うん。
父2:父さん、行きたい気持ちが出てきてうれしいよ。
花2:でも……。
父3:でも、どうした?
花3:でも、ジャージでいいのかなって。
父4:ジャージでいいか、悩んでいるんだな?
花4:うん。
父5:じゃあ、担任の先生に聞いてみるか?
花5:ホント? 父さん、聞いてくれるの?
父6:ああ、聞いてやるよ、明日にでも。
花6:ありがとう、お父さん! 私、ホッとした。