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登進研バックアップセミナー89・講演内容

リレー講演 ③留年か転校か迷ったときの決断ポイント

*本講演では、事例を糸口に「留年か転校か迷ったとき」に起こりがちな問題について考えます。

伊藤亜矢子

講師:伊藤亜矢子(お茶の水女子大学大学院発達臨床心理学コース准教授)

 

【事例】

 高校1年生の男の子です。高校入学後、1週間ほどで登校できなくなりました。ものすごく頑張って県内有数の進学校に入ったので、燃え尽き症候群のような感じになってしまったようです。
 本人はいまの高校に通いたい気持ちが強く、ゴールデンウィーク明けから別室登校(午前中のみ)を始めましたが、行けるのはせいぜい週1〜2日くらい。帰宅するとぐったりして疲れきった様子です。
 先日、学校側から、そろそろ授業に出ないと単位不足で留年になると言われました。本人はいまの学校を卒業したいと言っていますが、親としてはそんなに無理をせず転校したほうがよいのではないかと思ったりもします。留年していまの学校に残るか転校するか、それぞれのメリット・デメリットを含めて、アドバイスをいただけると幸いです。

 

まずは学校側ときちんと話し合うことから

 テーマは「留年か転校か迷ったときの決断ポイント」になっていますが、高校の場合、「仮進級」というシステムがある学校もあります。高校は義務教育ではないので、システムがとても複雑です。たとえば、学校から担任の先生を通して「そろそろ留年になる欠席日数に達します」と言われたとしても、教科ごとにきちんと分析してみると、その高校では「仮進級」ができたりする場合があります。

 また、ひと口に「転校」といっても、高校以上では「転入」と「編入」があります。転入は「高校に在籍している生徒が他の高校に移る」ことで、移った高校でも同じ学年で学習を続けることができます。一方、編入は「高校を中退するなどして除籍になった生徒が、あらためて他の高校に入り直す」ことで、前の高校で修得した単位を活かすことはできますが、中退時の学年の単位は修得し終えていないため、もう一度その学年からやり直すことになります。
 担任の先生にこうした知識がないことから、「転校」という言葉で、実は「編入」のことを言っていたりするなど、いろいろなくい違いが起こることもあります。

 ですから、選択肢は「留年」か「転校」かしかないと思い込まず、いろいろな可能性について、まずは学校側ときちんと話し合うことをおすすめします。

 学校側と話し合うときのポイントのひとつは、その学校のやり方と、その学校にやってもらえそうなことを丁寧に聞き出すことです。その重要なキーパーソンになるのは、担任の先生です。担任の先生を飛び越えて、進路指導の先生などと話し合いをするのは避けたほうがいいでしょう。それ以外には、東京都の場合、全校配置になっているスクールカウンセラーもキーパーソンになります。あるいは、学年主任の先生と連絡をとることにチャレンジしてほしいと思います。

本人が直面している課題と心のエネルギー状態を確認する

 では、事例の内容に沿って話を進めたいと思います。県内有数の進学校に入学したということですから、少なくともこのお子さんは中学校卒業までの学習内容は身についていると考えられます。つまり、基礎学力はあるわけですから、少しくらい勉強しない時期があっても頑張れば学習面は回復できる可能性が高いと思います。このように、その子のもっているリソース(資源)は大きなポイントになってきます。

 事例には「燃え尽き症候群のような感じになってしまったようです」とありますが、実際のところはわからないですよね。たとえば、これまで勉強をがむしゃらに頑張ってきたけれど、それは自分の意思ではなかったので、これから何をすればいいのか目標が見つからなくなってしまったとか、あるいは、自信満々で高校に入ったら同レベルの生徒ばかりで、この学校では自分の存在感を示すことが難しいとわかったら崩れてしまった、ということもあり得るわけです。
 つまり、その子がぶつかっている課題が何かを親御さんが理解することからスタートすることが大切だと思います。その壁(課題)が何かによって、現在の学校に残ったほうがいいのか、新しい環境でやり直したほうがいいのかを判断したほうがよいでしょう。

 判断のポイントは「本人の心の準備が整っているかどうか」で、これは小中学生の場合でも高校生の場合でも同じです。
 この事例のお子さんも、本当に燃え尽きてエネルギーがなくなってしまった状態なら、別室登校もできないでしょう。おそらくゴールデンウィークで少しエネルギーが補充され、そのなけなしのエネルギーを使って別室登校にこぎつけたのであって、失われたエネルギーは回復していない状態だろうと思われます。
 もしその状態であるならば、いま転校したとしても、転校先の学校でうまくやっていけるエネルギーは残っていないと考えるべきでしょう。せっかく転校したのに、転校先でも不登校になり、再び傷ついてしまうかもしれません。

 逆にエネルギーがそんなに失われておらず、ゴールデンウィーク中にエネルギーが回復した場合であれば、少しずつ力を蓄えて自分に合った学校を見つけ、いい条件で転校できれば、それはそれで好ましい解決とも考えられます。ただし、そうしたケースは少ないかもしれません。
 とにかく、本人が直面している課題と、エネルギーがどんな状態なのか、心の準備が整っているかどうかを確認しないで、「このままだと留年になってしまうから」と、目の前の条件だけを優先して、それを解決するために転校しようとまわりが動いても、本人はついていけないし、状況が悪化することになる可能性もあると思います。

同学年や同世代との社会的なつながりが与える好影響

 このお子さんは、現在の学校を卒業したいという気持ちも強いようです。これも重要なポイントで、なぜ現在の学校に残りたいのか。理由はいろいろあると思いますが、あまり通えない状況だけど愛着があるとか、あるいはその子にとって一所懸命勉強して入学した高校だから、成功体験に支えられていることもあるかもしれません。その実績をベースにして頑張りたいというのであれば、その気持ちを生かす方向で留年してもいいから、エネルギーがたまるまで待ってみるのもひとつの手です。留年して次の学年でうまくいく場合もあるし、その学校に納得のいくかたちで在籍できることが、その子にとってプラスになるケースもあります。

 なぜなら、同学年や同世代の友だちと社会的なつながりのある子どものほうが、不登校の予後の状態が良好という研究結果がたくさんあるからです。結果として転校を選択したとしても、最終的に留年になったとしても、その学校に在籍することで部活などヨコのつながりを維持できたり、勉強以外の学びがあるのであれば、それはメリットといえるでしょう。
 逆にいえば、そこで充電することでは、新しい人間関係がつくれないし、友だち関係もできないということであれば、そして、新しい環境でやり直せるだけの心の準備も整っているなら、思い切って新しい学校にチャレンジしたほうがいい場合もあります。

 しかしながら、高校側としては義務教育ではないので、単位不足とか、出席日数不足などで留年になると脅しをかけてくる場合もあります。
 その点については、どういう条件なら出席日数をカバーしてもらえるのかとか、現実的には厳しいかもしれませんが、少し元気になったところで、何日か補講を受けることで出席日数をカバーして進級させる措置をとる高校もあります。
 あるいは、出席日数はサボりでないかぎり大目にみるし、テストの点数をある程度とっていれば進級させる点数優先の高校もあります。逆にいくら点数をとっても出席日数が足りなければ、進級を認めない高校もあります。そうした細部は担任の先生やスクールカウンセラーなどと打ち合わせが必要でしょう。

 そうした打ち合せする際、「ケガや手術で1〜2カ月間休んだときにはどうなりますか? 課題を出してもらって、それを提出すればよしとする措置ができるなら、そのケースと同じようにしていただけないものか」とはたらきかけをしてみたらどうでしょうか。さらに、同じような不登校のケースがほかにどのくらいあって、そのときの措置はどうしたのかについて聞いてみるのもいいかと思います。

 さらに、担任の先生とコンタクトをとる場合、高校は義務教育ではないので、プリント類や課題については、親御さんが取りに行くべきなのかなど、連絡の方法や頻度も含めて確認しておくことが大切かなと思います。
 そのように担任の先生とまめにコンタクトをとっておくと、再登校するときもスムーズにいくことが多いです。再登校できなくても、前の高校の先生にもこれだけサポートしてもらえたという実感をもって、いいかたちで転校できることが多いのです。それだけ綿密に打ち合わせをして、心の準備も整い、次の進路を決めますから、やはり納得感があるし、次のステップに前向きに挑戦できるわけです。

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