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なぜ安心できる時間が心を動かすのか


2019年6月16日に開催された登進研バックアップセミナー104の第1部の内容をまとめました。

講師:小林正幸(東京学芸大学特別支援教育・教育臨床サポートセンター教授)


 小さい赤ちゃんは、お母さんの表情に敏感に反応します。にこにこ笑いながら顔を見つめると、赤ちゃんもにこにこ笑ってくれます。ところが、怒った顔をしたり、無表情のままで赤ちゃんを見つめると、赤ちゃんも笑うことなく、無表情のままでいることが多いんです。みなさんも子育ての経験上、よくご存じだと思います。笑顔とは、安心した状態でなければ生まれない表情のひとつです。では、安心を与えるとはどういうことか、というのが今日の講演のテーマになります。

子どもに安心感を与えるために保護者がもっている3つの機能

 子どもにとっての安心感は、いつ頃つくられるのでしょうか。幼いときに人に対する安心感を刷り込んだのは、ほかでもない親御さんです。多くの場合、生後8カ月〜2歳半くらいまでの間に、安心感は刷り込まれます。もともと親子関係には、安心感をめぐってそういうベースが築かれているということです。

 お子さんが小さいときのことを思い出していただきたいのですが、まだ言葉も話せない生後6カ月くらいの赤ちゃんでも、お母さんの表情の変化に敏感に反応することが、つい最近の研究で明らかになっています。このことは心理学者も考えてもいなかったことです。
 たとえば、お母さんが笑顔から無表情になるだけで、6カ月くらいの赤ちゃんでもパニックになったりします。要するに、実際にお母さんが怒ったりしなくても、「自分のほうを向いて笑顔を見せてよ」という働きかけに応えてもらえないだけで、子どもは幼い時期から傷ついてしまうということです。

 だからといって、「わが子が小さいとき、十分な安心感を与えるような育て方をしてこなかったなあ」などと悔やまないでください。20世紀末頃まではそういう考え方が主流で、子どもの発達過程に「臨界期」(その時期を過ぎると行動の学習が成立しなくなる限界の時期)といわれるものがありますが、その時期までに人に対する安心感を学んでいないと、その子は生涯にわたって苦労するといわれていました。
 現在もそのことに関連して、たとえば発達障害と思われるもののなかに「愛着障害」というものがあり、適切な対応をしないといろいろな症状があらわれることがあるといわれています。

 たとえば、人に対して攻撃的になったり、あるいは極度に引っ込み思案になったり、それが中学生頃になるとリストカットをしたり、青年期に入ると睡眠薬を大量に飲んで自殺未遂をくり返すといった精神的な症状もみられるようになり、精神科のお世話になる場合があります。
 こうした症例が、2011年頃から「愛着障害」とよばれるようになり、あたかも「障害」のようにいわれていますが、これはキッパリと否定しておきます。治療は可能です。ただし、治療するうえで大変なのは、子どもに安心感をしっかりと与えないといけないということです。もちろん、このように非常に重い症状を示す「愛着障害」といわれるタイプの子どもに治療として与えるべき安心感を、すべてわが子に置き換えて考える必要はありません。

 一方、小さいときにとても健康に育ってきて、あまりダメージを受けていない子どもが不登校になってつらい目にあったとき、「赤ちゃん返り」という状態になることがあります。「赤ちゃん返り」とは、自分が満たされていた赤ちゃんの頃の世界に戻って人に甘えてみたくなる現象で、そうすることで、心のなかで崩れたものを取り戻そうとするわけです。

 不登校になったお子さんはさまざまなことに傷ついていて、その傷ついた症状が出てきたときに安心を求めてきます。
 そのとき、以下の3つの機能を中心に、「自分の気持ちを補ってほしい」という思いが親御さんに対して向けられます。こうした症状があらわれてきたら、どんな時期にどんな子育てをしてきたのかを思い出し、それと同じことをやっていただきたいのです。

➀安全基地機能
恐怖・不安・ネガティブな感情から守られる体験=逃げてくるところができること

➁安心基地機能
落ち着く・ほっとする・安らぐ・癒される体験=ポジティブな感情を生むつながり感を与える=頼るところができること

➂探索基地機能
聞いてもらえる体験、体験に意味を与えてもらえる体験

①安全基地機能

 では、3つの機能を詳しく説明します。
 まず、➀安全基地機能ですが、「安全」とは何かというと、怖かったのが怖くなくなったり、怒りがおさまったりというように、否定的な感情が普通に戻ることです。いいかえれば、ネガティブな感情、たとえば、怖い、嫌だ、寂しい、悔しいなどの感情が過去形で語られるようになるということです。

 そういうネガティブな感情は、気持ちが落ち着いたら語ることができます。不快な感情がオモテに出てきて、一度、ワーッと高まり、その後、スーッと下がっていく。親御さんには、そのプロセスに関わっていただきたいのです。
 つらいことをわかってくれる人に伝えて、「わかってもらった」と思えると、そのつらさが軽減されます。わかってくれた相手に、安心させてもらったわけです。それが、「安全」と思える機能です。親御さんには、お子さんにこのような安全を与える基地として関わっていただきたいのです。

 不快な感情、とくに心配だなあ、嫌だなあ、緊張するなあといったことを頭で考えただけで、人は不安になります。不安は、頭のなかで想像した嫌なことによって生じます。
 では、それに対して何をしてあげればいいかというと、お子さんが心配そうであれば「心配なんだよね」、嫌そうだったら「嫌なんだよね」と話しかけてください。そのほか、「腹が立つんだよね」「悔しいんだよね」「緊張しちゃうんだよね」「悲しいんだよね」など、その子が今どんな感情を抱いているかを、表情を観察しながら話しかけます。さらに、お子さん自身にも、さまざまな不快感を意識的に言葉にするように促してください。

 それは何のためかというと、たとえばお腹が痛くなったときに、「お腹が痛くなっちゃったね」と言ってもらうと気持ちが楽になりますよね。感情というのは、その子の心の中に今まさに感情が起こっているときに言葉(例:心配なんだよね)を与えられると、その感情をあらわす言葉として、初めてうまく表現できるようになるのです。
 自分の気持ちをわかってもらうには、相手がわかっている感情をあらわす言葉を使って表現することが必要です。うまく感情を表現する言葉がわからなくて、「もう嫌になっちゃった!」とキレるより、「こんなことがあったから嫌になっちゃった」と言ったほうが、「ああ、それで嫌になっちゃったんだ」とまわりの人に理解してもらうことができるのです。

 嫌な感情はまわりの人にシェアされると減るんです。なぜなら、赤ちゃんのときから同じように親御さんに付き合ってもらってきたからです。ここにいらっしゃる多くの親御さんも、それと同じ対応をやってきたはずです。
 そうして、お子さんが嫌な感情を自分の言葉で表現しようとするようになったら、まずはお子さんの表情を捉えながら、言葉で表現することを手伝ってあげてください。それだけではなく、不快な感情の背後には「願い」があります。願いとは、「○○してほしいなあ」「○○してほしくないなあ」「上手くいくといいなあ」といったニーズのことです。

 人はなぜ「不安」を感じるかというと、よりよく生きるためです。「恐怖」も同じで、その怖さをなくしたいために怖さを感じるのです。不安と恐怖は、生理的には同じ反応を示します。生きたいという強い欲求が、不安や怖さとしてあらわれるわけです。「緊張」も同様で、「うまくやりたい」という願いが強いから緊張するんです。それは大事なことです。

 「怒り」も不快な感情のひとつですが、とても生産的な感情です。「おまえが変われ」「状況が変われ」「私が変われ」と怒っているのです。つまり、変化を求めているわけですから生産的です。一般的な感情の流れでいうと、不安から悲しみになり、その後、怒りになっていくことが多いのですが、怒りまでくると状況を変えるという生産的なことになってきますから、実は怒りはとても大切なことです。ですから、「○○してほしかったんだね」「○○になってほしかったんだね」と誰かにわかってもらうことが非常に重要です。まわりの人が怒りの背後にあるニーズを言い当てると、感情のレベルが変化します。

 一方、「悲しみ」という感情は、取り返しのつかないことに対して出てきます。そして、そのつらさを誰かとシェアしたくなります。「私のつらさをわかってほしい」というのが悲しみの元です。「つらかったのねえ」と言ってもらうことで、感情はなだめられます。
 感情は脳の中の変化ですから、一度、高まったら必ず下がってきます。その下り切るところまで付き合っていただくことが大切です。そこで気持ちがおさまったら、「さっきまであんなにつらかったのに、つらさが減ってよかったね」と言ってあげてください。こうして子ども自身の要求を言葉にしてあげることで、子どもはわかってもらえたと思えるのです。

②安心基地機能

 次に、②安心基地機能についてお話しします。
 安心とは、「落ち着く」「ホッとする」「安らぐ」「癒される」など、まわりの人とのつながり感を与える体験のことです。お子さんが小さいとき、お母さんさんがニッコリ笑ったら、お子さんもニッコリしたり、つながり感を与える経験はたくさんしてきていると思います。ここで大事なのは、この人に頼ればいいという感覚が出てくることです。「よかった、嬉しいなあ」という感情を共有することが、安心基地機能です。

 基本的には子どもが安心して何かをやっているときは、必ず「よかった、嬉しいなあ」という気持ちをわかってという動きがありますから、そんなときは「嬉しそうねえ」と共有してあげてください。
 たとえば、子どもがゲームに夢中になっているときに、「勉強もしないでゲームばかりやって」という対応ばかりしていると、子どもは隠れてゲームをやるようになります。そうではなく、「夢中になって楽しそうにやってるわねえ」と子どもの気持ちを共有してあげてください。そうすれば子どもは、嫌なことを忘れるためにやっているというゲームに対する否定的な感情をお母さんが上手に受けとめてくれて、かつ、楽しみな部分を共有してくれたわけですから、お母さんにつらかったことを相談してみたくなったりします。

 うちの子はゲームばかりやっていて困っているというお母さんは多いと思いますが、ゲームの世界より現実世界のほうが楽しいな、快適だなと思わせるには、ゲームの世界の片隅に現実世界の親御さんが寄り添っていることが大切です。つまり、ゲームをやっていることを邪魔するのではなく、子どもがゲームという夢中になれる楽しい世界を持っていることを喜んであげることです。それが安心基地につながります。

③探索基地機能

 3つ目は、探索基地機能です。子どもが1歳半くらいになって地域の公園などに連れて行くと、親御さんをちょくちょく振り返りながらも、ひとりで遊ぶようになります。でも、何かトラブルがあると、泣いて親御さんの元に戻ってきます。「転んで痛かった」「虫がいて怖かった」などとお母さんに話して聞いてもらう、慰めてもらう。これが探索基地機能です。
 子どもなりに安全・安心基地から離れて、冒険をして、いろんな経験をしたあとに、再度、安全・安心基地に戻ってくるわけです。
 そのときにつらかったことなどを親御さんに聞いてもらって、その体験に意味を与えられることで否定的な感情が軽減され、肯定的な感情が育まれます。そうして元気を取り戻し、次の冒険に出て行けるわけです。

 お子さんが学校に行けなくなって、「学校でこんなことがあったよ」と話してくれたとき、親御さんが「おまえが○○しなかったのがダメだったんじゃないの」と言ってしまうと、子どもの気持ちをつぶすことになります。まずは、「それは大変だったね」と共感し、さらに「嫌な思いをしただろうけど、こんな考え方をしてみたらどうだろう」とかアドバイスをすることによって、否定的なことに対して肯定的な意味を与えるようにしてください。こういうときに、「あなた何をやってたの? そんなことじゃダメでしょ!」といった関わり方をすると、子どもは親御さんを探索基地とは見なさなくなってしまいます。

 思春期になると、子どもは、つらかったこと、悔しかったこと、嫌だったこと、あるいは、「こういうことを体験したよ」ということを話さなくなります。それは自分のことを客観的に見られるようになるからです。人間関係のトラブルなどでも、自分に少しでも非がある場合は、詳しくは言わなくなります。

 そのため思春期以降、探索基地機能があまりうまくいかなくなるのは仕方のないことです。だからといって、何も言わないほうがいいかというとそれも違います。子どもが学校から浮かない顔をして帰ってきたときは、「あらっ、浮かない顔をしているわね」と声をかけてあげてください。返事をしなかったり、「別に…」などと言われても、「あなたが浮かない顔をしていることを、私は受け取ったよ」というメッセージは伝わります。そして、普段はほとんど口をきかないけれど、本当に困ったときは、親御さんに相談してみようかなと思ってくれるかもしれません。そうした関係が構築できれば理想的です。
 思春期以降、みなさんのお子さんは、突然彼女を連れてきたり、これからドキドキするようなことがたくさん起こると思います。でも、それは探索基地機能を果たすという意味では、とてもいいことだと思ってください。

 では、この時期に何をやればいいのかというと、子どもがいったん基地から離れて世界を探索して戻ってきて、親御さんに報告をすることがあると思います。そのとき、子どもが感じた嫌だったこと、つらかったこと、怖かったことに対して、そういう子どもの体験に意味を与えたり、自分も同じような経験をしたことなどを話してあげると、自分がまだ知らない世界だけに参考になるはずです。

 そのときは、「こうしたらいいんだ」「こうすべきなんだ」と親御さんの考えを押しつけず、自分の経験を話したり、でも、「今、考えるとこんなふうに思っているんだ」ということを伝えるようにするとよいでしょう。親御さんの体験や思いは、子どもにとって遠い未来から見た自分の姿です。それを語れるのは親御さんしかいません。その結果、「僕が学校に行かなくなったのは、○○くんといろいろあって…」などと打ち明けてくれたら、かなり安心できる関係がつくれているということです。
 このようにして否定的な感情が減っていき、肯定的な感情(安心感)が高まれば、この探索基地機能は十分に果たせているということです。

「肯定的な関わり」による顕著な効果

 それを裏づけるデータをご紹介します。私が代表を務めるNPO法人において適応支援活動を行った56事例のうち改善がみられた50事例について、登校行動の改善に全般的に影響を与えた「保護者の関わり」に注目してみました。
 すると、保護者が「肯定的な関わり」を行うと、対人不安や緊張、感情の不表出が改善することがわかりました。対人不安や感情不表出というのは、主に強迫症状や場面緘黙などの神経症状のことで、不安や緊張が非常に高い状態です。この不安や緊張の高さを軽減するために、保護者が肯定的な関わりを行うようになると、神経症的な症状が消え、結果的に学校に行くことに結びつたという結果が得られました。

 肯定的な関わりとは、先に述べた「親がもっている3つの機能」でいえば、①安全基地機能として「不快な感情を言葉で表現する」、②安心基地機能として「わずかな改善を認め、喜び、ほめる」「子どもの好きなこと、得意なことを共有する」「子どもと日常会話をする」などが、それに当たります。

 これは親御さんの面目躍如といったところですが、逆にいえば、親御さんが子どもの安心をつくるには、「不快な感情を言葉で表現する」「わずかな改善を認め、喜び、ほめる」「子どもの好きなこと、得意なことを共有する」「子どもと日常会話をする」の4項目を実践するとよい、ということです。この50事例に関しては、カウンセラーなどの支援者もさまざまなサポートを行っていましたが、保護者の関わりのほうが影響力が大きいこともわかっています。

意識的な親になるために必要なこと

 「意識的な親になる」とは、どういうことか。それは、子どもの声に耳を傾け、見守り、子どもが奏でる音楽に従い、子どもの導きに寄り添うことです。つまり、子どもが主体的に動いている姿(たとえば子どもが何かをして遊んでいる姿)を音楽として聴いているような感じで見守るということです。

 さらに、自分(親)のニーズを満たすためにどのようにこの子を変えようか、どうやってこの子を学校に行かせようかということよりも、自分の子どもが必要としているものは何かに焦点を当てる。親のニーズよりも、子どものニーズを見極めることのほうを大事にするということです。これはなかなか難しいことです。たとえば、「いい学校に行ってほしい」と望むのはかまいませんが、果たしてそれは誰のニーズだろう、ということを考えてみることが大切です。

 親御さんは、小さいときから子どもの反応(身体反応を含めて)を見守ってきたことと思います。ですから、その表情ひとつで子どもが何を感じているかを把握できます。でも、それ以上に、子どもは親の表情の変化に敏感です。なぜなら、子どもにとって人生で最初に出会った人が親ですから、誰よりもその表情が気になるわけです。

 とりわけ子どもがまだ言葉を持たないうちは、子どもが親を理解するには表情しか頼るものがありません。だから、親が思っている以上に、親が感じていることはすべて子どもに伝わります。言葉なしの状態で一年以上も観察を続けてきたわけですから、小さい子の観察力をあなどってはいけません。人生で最初に出会った人の気持ちや感情などは、すべて表情から悟られていると思ってください。ですから、子どもが感情を表出したとき、そこから親御さんが受け取ったものは誠実に返していかなければなりません。

 たとえば、思春期の子どもが壁を蹴って穴を開けてしまうということがよくあります。そのとき、壁を蹴ることを「やめさせなければいけない行動」としてとらえる前に、その行動の背後にある、子どもはどんなことで苦しんでいるのかということを受けとめようすることが重要です。それは、親(の心)が「子どもと一緒にいる」というニュアンスとして伝わります。

 逆に、「子どもと一緒にいない」というニュアンスは「壁を足で蹴るなんてやめてほしい」というような対応のことで、「親である私を慰めてちょうだい」「親である私の気持ちを鎮めてちょうだい」と思うことです。要するに、子どもがある感情を爆発させたり表現したときに、その感情を受けとめるのではなく、その感情を押し返して、別の何かを感じさせようとすることを意味します。たとえば、「あなたがやったことなんだから悪かったと反省しなさい」といった対応です。

マインドフルなサーモスタットになる

 親御さんの役割として、子どもが感情的に高ぶっているときは上手にクールダウンさせ、感情的に下がりすぎているときは上手に引き上げていくことが大切です。いわばサーモスタットのように、子どもが気持ち的に興奮しすぎた場合には下げる働きをし、逆に下がりすぎたときには盛り上げていく働きをするのが理想的です。

 ところが、無理やり元気にさせようとして親御さんのほうが興奮してしまったり、逆に子どもが盛り上がりすぎているのを、「いつまでも騒いでいるんじゃありません!」などと急激にダウンさせてしまうようなことが少なくありません。感情のシーソーがしょっちゅう上下するような感じではなく、中央でうまくバランスがとれている感じになることがベストです。

 しかし、いくら「適度に」やろうと思っても、こちらの気持ちが安定していないと不安になって、つい極端に走ってしまいます。よくあるのが、次のような不安です。「この先ずっとこのままかもしれない」「親として失格だ」「ダメな親と思われたくない」「私の育て方が間違っていた」「○○(例:登校、勉強)させなければ…」「子どもがつらいと私もつらい」「怖いので関われない」……。こうした状況に陥ると、子どもによい影響は決して与えられません。

 たとえば、子どもが小さい頃に虐待に発展しやすいパターンですが、子どもがギャンギャン泣いているとき、子どものつらさを上手にケアできないことから親御さんが陥りやすいのは、「私は非力で、悪い親だ」という思い込みであり、子どものほうも「私は愛されたり、世話をされる価値がない」という感覚にとらわれやすいのです。

 親御さんがこうした感覚に襲われたとき、「私は非力で、悪い親だ」と思うと同時に「私はダメだ、私は悪い人間だ」と思った過去の似たようなつらい体験を思い出してしまうことがあります。すると、そのつらさが倍増され、しかも親子間で怖さ、恥ずかしさ、寂しさといったネガティブな感情が共有されてしまうため、子どもに「私は安全ではない」「愛される価値がない」と刷り込むようなことが起こります。親御さんの不安が高いと、まだ言葉も話せない幼い子どもにすら、こんなダメージを与えることになるわけです。このような不安が高いと、親御さんが子どもにどう関わったらよいか悩んだときに混乱が起きたり、うまく関われないことも多いのです。こんな場合は、親御さん自身が専門家の力を借りるなどして、できるだけ不安を解消するようにしていくとよいでしょう。

 小さい子どもが転んで、お母さんのところに泣きながらやってきたとき、お母さんは、よく「どうしたの? 転んじゃったの? 痛かったねえ」と言いながら、「痛いの痛いの飛んで行けー」「もう痛くなくなったねー」と痛いところをさすったりします。すると子どもは泣きやんで、また遊びに戻って行ったりします。
 この場合の痛みも、思春期の不快な感情もメカニズムは同じで、親御さんの付き合い方の基本は「痛いの痛いの飛んで行けー」にあります。

 中学生の男の子が突然怒り出して、「もうやってらんねー!」と叫んだとします。そんなとき、お母さんは「どうしたの? 大丈夫?」と声をかけてください。子どもが「うるせー」としか言わなくても、「なんか嫌なことがあったんだ?」と心配している気持ちを投げかけましょう。そんな会話の基本は「痛いの痛いの飛んで行けー」ということです。しかし、親御さんの不安が解消されていないと、お子さんの不安やトラブルに過敏に反応してしまって、言わなくてもいいことを言ってしまったり、親子ともども不安が高まってしまう結果になりかねません。要するに不安が高いと、なかなか「意識的な親」にはなれないということです。

わが子を見る目を覆い隠す「雲」

 子どもは生まれたときから、親御さんの愛情やつながりや調和を求めている光り輝く太陽のような存在です。その存在を親御さんが真っ当に見られないときは、親御さんの側にわが子をストレートに見られないような何かがあるわけです。
 それは何かというと、親御さん側にある記憶です。自分がどのように育ってきたか、親との関係はどうだったか、といった記憶のことです。子どもはいつだって光り輝いています。みなさんも赤ちゃんのときは光り輝いて、親御さんの愛情を求めていました。その気持ちに成長過程で傷ついてきた部分があって、わが子を見るときに、親御さんの目を覆い隠す「雲」のようなものになっているのです。

 そんなとき親御さんがどのような行動に出るかというと、「自分の意見をわからせるために怒鳴る」「不適切な行動を無視し、黙殺する」「批判的になり、子どもの過ちを指摘する」「怒鳴るが、罪の意識を感じて子どもの望みを叶えてしまう」「子どもの悪事を見逃す」「あら探しをして説教する」「子どもにレッテルを貼る」「問題解決を急いでしまう」……。このような行動は子どものせいではなく、これまでの親御さんの体験や考え方に基づいたものです。

 子育てに関して、自分が親からやってもらってよかったことは、わが子にもやってあげたいと思うのが自然です。逆に親からされて嫌だったことは、わが子にはしたくないと思うはずです。そこで、下のチェック表をぜひご夫婦で試してみてください。この表にある項目のなかで、親からやってもらってよかったことと、わが子にしてあげたいというのは別の次元にあるわけです。それをもとにチェックしながら、ご夫婦で話し合ってみてください。

 ここでポイントになるのは、親からされてよかったことを頑張ってわが子にやってあげようとすると無理をしてしまうことが多いのです。また、親からされて嫌だったことをわが子にしないようにすることも意外と難しいのです。その視点はご夫婦によって異なりますから、今後、どうすべきかは、お二人で話し合っていただきたいと思います。先に述べた雲のようにあらわれる記憶の部分は、このチェック表に反映されてくるので、子育てをご夫婦で振り返る作業をする際には役に立つかと思います。

チェック表

親の安心をつくるには?

 まず、子どもへの関わり方がわからない場合には、このようなセミナーに参加したり、教育相談などを受けることによって、関わり方についての知識や情報を入手することをおすすめします。知識を得ると、たとえば、子どもは怒ったり、泣いたり、悲しんだりしても別にかまわないんだ。怒ることの背後には「願い」(ニーズ)があって、生産的な感情なんだということがわかってきます。

 関わり方はわかっているが、実際にはそうできないという場合には、親御さん自身がカウンセリングを受けたほうが打開策が見つかるかもしれません。その際、先に述べた雲のような記憶の問題を扱ってもらうといいかもしれません。さらに、親御さん自身に心理的な課題がある場合には、さまざまな治療的な対応を受けられたらどうでしょうか。

 親御さんが「自分が自分らしくなくなっている」と感じるようになってきたら、趣味や仕事を楽しむようにして、自分のための時間をつくるよう心がけることがポイントです。よくお母さん方から「子どもが不登校になったので、仕事は辞めたほうがいいでしょうか」という相談を受けることがありますが、お子さんのことを忘れて仕事に没頭する時間も大切ですので、仕事は辞めないでください。仕事を辞めるとつらい時間が増えるだけです。一生、子どもと一緒に住むわけではなく、いずれ子どもは離れていきますから。

 家族関係がギクシャクしている状況がある場合には、それを修復するチャンスとして上手にイベントを企画してください。少しお金はかかるかもしれませんが。家族旅行や食事会、里帰りなど、いろいろ考えられます。ただ、そのギクシャクがお子さんが不登校になる前からあるような場合には、教育相談や家族カウンセリングを受けたり、親の会に参加するのも解決策になることがあります。

 そうやって親御さん自身の安心を保ちながら、「意識的な親」として、また、子どもが安心と安全を感じられる賢い親としてステップアップしていただければと思います。それは同時に、愛情を通して子どもとつながりながら、親と子の境界線を引くことでもあります。

それでも変化がみられないときの背中の押し方

 これまで述べてきたようなやり方で、子どもに一所懸命に安心を与えているけれど、何の変化もみられない、ということはよくあります。そういう場合、原則として「背中は押さない」でください。そして、感情の表出面で、本当に変化がないかどうかを確認してみてください。行動だけしか見ていないのではないか、不安はどうか、体の具合はどうか、睡眠時間はどうか。そこに変化があれば、背中を押してもいいタイミングがあるかもしれません。

 さらに、実際に変化がみられたときに、親御さんがその変化について喜んでいることが子どもに伝わっているかどうかもチェックしてみてください。感情面や表情面で「なんか落ち着いてきたね」「いい感じになってきたね」とか、親御さんが子どもの前でつぶやくだけでも、親子間ではしっかり伝わります。そうした変化を理解したうえで、子どもへの関わり方を上手にコントロールできているかどうかも大切なポイントです。以前と違ってきたから、少しゆっくりした時間をつくろうとか、関わり方を調節してみることが大切です。

 条件が揃って背中を押したくなったときには、親御さんに不安や焦りがないかどうかも確認してみてください。実際に背中を押す場合には、「AやBやCをすることについて、どう思う?」などと複数の選択肢を示して提案するようにしてください。

 その際、「AもBもCもしたくない」と提案をすべて否定されたときでも、「今はどれもしたくないんだね。教えてくれてありがとう」とわだかまりなく言えることが大事です。どうしても「せっかくあれこれ考えて提案したのに…」と思わずムッとした顔になりがちですので、全否定されてもそれも選択肢のひとつと考え、それでもOKと了解する準備が必要です。

 あるいは、「Aならやってみたいと思うんだけど」と言ってきたら、「そうなんだ、ありがとう。でも、無理しなくていいからね」「もしAをするとしても、困ることや助けてほしいことがあれば教えてくれると助かるんだけど」といったフォローをしてあげたいものです。

少し動きが見えはじめたとき、何をすればいいのか

 基本的に「這えば立て、立てば歩めの親心」はやってはいけないということです。ひどい場合には、歩んだら走れとなり、走ったら幼稚園の運動会で1位になれ、幼稚園で1位なんだから小学校でも1位になれ、その次は中体連で1位ですからね(笑)、その次はインターハイです。その次は国体ですよ。その先は日本代表でしょう。そして、世界陸上に出場で、最後はオリンピック出場ですよ。どこかで子どもは挫折します。

 とくに不登校の場合には、こけた後ですから、こけて立ち上がったら歩けと言いたくなるわけですが、先は急がないでください。「無理はすることないんだよ」と後ろに引っ張ってあげるくらいがちょうどいい。

 子どもの本当の自立というのは、探索基地機能で冒険に出かけて行って、戻ってくる距離がだんだん長くなることです。そのうち出かけたまま連絡もないとか、寂しい思いをすることもあるでしょう。かつて、東大紛争のときに「止めてくれるなおっかさん、背中の銀杏が泣いている」というスローガンが話題になりましたが、この「止めてくれるな」というのが、本当の自立なんです。

 自立というのは自分で立つことですから、親御さんが「自立しなさい」と促すことは本当の自立にはならないわけです。ですから、自立させるには後ろ側に軽く引っ張ってみて、それでも、その裾を振り払って「止めてくれるな」と出ていくことが本来の自立です。そのため後ろに軽く引っ張ることは、悪いことではありません。

 子どもが動き始めれば、親御さんとしては嬉しいですから、顔に出るのは一向にかまいません。子どもも親の顔を見れば、喜んでいることが一目瞭然です。ただ、必要以上に喜ばないこと、必要以上にほめないことも大切です。ときには動き出して間もなく、動きが止まってしまうこともありますが、「それでもOK」として認めることも忘れてはいけません。「疲れたら休んでいいんだからね」という対応をすることです。

 ときには子ども自身が「明日から学校に行くから」と宣言をして、結局、朝になったら動かない、ということもあります。そんなときでも、「気持ちのうえで頑張ろうとしていることはわかっているよ」「無理はしないでね」「自分で変わろうと思ったことだけでも、すごいことだと思うよ」と声をかけてあげてください。

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