気づきにくい子どもの変化にはどんな意味があるのか
〜200の実例から検証する回復への兆し〜
登進研バックアップセミナー116 第1部講演抄録(2023年9月10日開催)
講師 齊藤真沙美(東京女子体育大学・東京女子体育短期大学准教授)
小栗 貴弘(跡見学園女子大学心理学部教授)
市川 諭 (臨床心理士・公認心理師)
荒井 裕司(登進研代表)
※講師の肩書きはセミナー開催時のものです。
なんのために子どもの変化の意味を考えるのか
齊藤 |
今回の講座では、過去2回にわたって参加者から募集した「わが子の小さな変化」を取り上げ、日頃の子どものちょっとした変化や言動の背後にある意味とそのときの子どもの心の状態について4人の専門家が解説やアドバイスを行います。
本題に入る前に、そもそも「なんのために子どもの変化の意味を考えるのか」について少しお話をしたいと思います。
たとえば、子どもが泣いているとき、それが「痛くて泣いている」のか、「うれし泣き」か「悔し泣き」か「もらい泣き」かで、その意味は違ってきます。不登校の子どもたちの小さな変化も同様で、表面的には同じように見えても、その意味はその子その子で違うし、その時、その場面によって異なります。
おもてからは見えないこの変化の意味を考えることは、その時々の子どもの気持ちや状態を理解することにつながり、子どもの〈現在地〉を知ることにもつながります。
子どもの気持ちや状態を理解することで、それに応じたかかわり方が見えてくるし、先の見通しももちやすくなります。同時に、その子にかかわる親にとっても、気持ちの余裕と励みにつながるのではないかと思っています。
それでは早速、小さな変化の意味をテーマ別に考えていきましょう。
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ゲーム・ネット・スマホ(最近の子どもの変化・アンケート結果まとめ)
- ゲームばかりやっていたのが、ほとんどやらなくなった。一方で携帯を利用する時間が増えた
- ゲームをする時間とテレビを見る時間は減ったが、スマホの時間が増えた
- 夏休み前から、部屋を暗くしてカーテンを締め、布団に入ってスマホをいじるようになった。本人は「暗くしてするのが好き」と言う
- 夏休み後半から気持ちが不安定になり、無気力になって、スマホの時間が多くなった
- ゲームだけでなく、本を読むようになった
- ゲームでキレなくなった
- 「ゲームのアプリを切ってみたらひまになったので、勉強しようかと思えた」(本人の言葉)
現実の世界で傷ついた子どもたちの居場所
小栗 |
ゲーム・ネット・スマホなどオンライン上の「仮想現実」の世界が社会問題になってきたのは、15年ほど前からでしょうか。当時はまだオンラインゲームは主流ではなく、ブログやチャット、掲示板サイトでの文字による交流が流行っていました。
その頃、カウンセリングを担当していた中学生の女の子から「彼氏ができました」と聞いたときの衝撃は今でもよく覚えています。学校にも行っていないのに、どうしたら彼氏ができるんだろうと不思議に思っていると、「ネットで交流している人」で「まだ会ったことはない」というのです。会ったこともない男性を「彼氏」と言いきる感覚にふれたとき、もう自分の常識は通用しないんだなと痛感しました。
オンラインゲーム全盛の現在は、大人も子どももネットでつながった相手とゲームをやりながら、チャットなどで電話と同じように会話をしています。バーチャルとリアルの境目がだんだんあいまいになってきているような気もします。
不登校の子どもには、現実の世界での傷つき体験が重くのしかかっています。そんな子どもにとって、自分と同じような体験をした人たちとオンラインゲームやチャットでやりとりをすることが心の支えになっていることも少なくありません。
そのうえ、ネット上のつながりは現実世界と比べると良くも悪くも手軽で、ちょっと嫌なことがあったら簡単につながりをシャットダウンできるし、傷つくリスクも少ないわけです。現実世界で傷ついた子どもたちが、その傷を癒すために仮想現実に居場所を求めるのは自然な流れなのかもしれません。
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一日中、ネット・ゲーム漬けのわが子を見ていると、「この子は仮想現実から出てこられなくなっちゃうんじゃないか」と心配するお母さんも多いと思いますが、ほとんどの場合、早晩そこから抜け出します。
上記にあげた子どもの変化に、「ゲームばかりやっていたのが、ほとんどやらなくなった。一方で携帯を利用する時間が増えた」「ゲームをする時間とテレビを見る時間は減ったが、スマホの時間が増えた」とありますが、これはおそらく、自分だけでゲームをやっていることに飽きてきて、人とコミュニケーションをとりたい、あるいは実際にとりはじめたということではないかと思います。
ゲームや仮想現実の世界は、遅かれ早かれ飽きがきます。そのタイミングで、人とのコミュニケーションをとるようになったという子どもの変化はとても重要です。
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では、仮想の世界にはまり込んだ子どもを前に、私たちは何ができるのでしょうか。ゲームやネットを制限するのもひとつの方法ではあるけれど、それよりも現実の楽しさ、面白さを経験させること、その経験を手助けすることが効果的だと感じています。
韓国や中国は「超ネット社会」といわれ、日本よりもネットの弊害が問題になっていますが、そのぶん治療や研究も進んでいます。そこで実際に治療として行われているのは、「リアルの楽しさを教える」ことです。たとえば、ボードゲームやカードゲームで相手と面と向かって対戦する。あるいは人と直接顔を合わせて話をする。つまり、遊びや会話を通してリアルな対人関係の楽しさ、面白さを実感させ、ネットやゲーム依存を解消していこうとするわけです。
これはご家庭でもすぐできますよね。子どもがネットやゲームに飽きてきたかなというタイミングを見はからって、家族でカードゲームをやろうよと誘ってみる。トランプでも人生ゲームでもいいですが、みんなで一緒に遊んでその楽しさを共有する。また、今は紅葉の見ごろですから、親子で散歩に出かけて木々の色づくさまを眺めたり、風の匂いを感じたり、五感を通して自然の美しさを共有する時間をもつのもおすすめです。
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身だしなみなど(最近の子どもの変化・アンケート結果まとめ)
- 入浴回数が増えた
- お風呂に入るようになった
- 入浴は週1回だったが、内服薬(エビリファイ:自閉スペクトラム症の薬。かんしゃく、攻撃性、自傷行為等の緩和)が倍量になってしばらくしたら2〜3日に1回入るようになった
- 「美容に気をつけたい。美白したい」(本人の言葉)
- ニキビのケア、服選びなど、さまざまなことを気にするようになった
- 見映えを気にするようになった(化粧)
- 筋トレを始めた
- 新しい洋服をほしがったり、髪形など身なりに気をつかうようになった(通信制高校入学後から)
- ドラッグストアで買ったセルフカットセットで自分で散髪していた(しばらく伸びっぱなしだった)
- 自分で貯めたお金で髪色を金髪にした。金髪にしたことで色落ちすると風呂に入らない
- 髪をばっさり切った。服の趣味が変わった。お店に行くようになった(以前はオンラインで服を買っていた)
- 身なりに気をつかわなくなった(入浴しない、着替えをしない)
- 部屋を片づけなくなった。布団が敷きっぱなしになった。
意識が外に向かうようになったサイン
齊藤 |
次の変化は「身だしなみなど」についてです。
まず、上記の子どもの変化の下から2番目に「身なりに気をつかわなくなった(入浴しない、着替えをしない)」、その下に「部屋を片づけなくなった。布団が敷きっぱなしになった」とありますが、この子たちはひどくエネルギーが低下した状態にあるのかもしれません。不登校が始まった当初は心身ともにエネルギーが低下し、一日中横になっているような子もいます。そんな状態であれば、身なりに気をつかったり、布団の上げ下げに費やすエネルギーなど1ミリも残っていないのかもしれません。
また、不登校になる手前、ギリギリのところでなんとか踏んばって学校に通っている時期は、「ちゃんとしなきゃいけない」とすごく無理をしている子がたくさんいます。そんな子がついに力尽きて学校に行けなくなったとき、ようやく気持ちが楽になって、「もう頑張らなくていいんだ」「誰にも気をつかわなくていいんだ」「今は何もしなくていいんだ」と思えるようになったのかもしれません。
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その後、少しずつエネルギーが回復してきたときに、よくみられる変化はお風呂です。今まで週1回だったのが1日おきに入るようになったりと、入浴回数が増える子はわりと多いのですが、これは意識が外向きになってきたあらわれと考えられます。外出できるようになると人目が気になるし、人と会えるようになればなおさら身ぎれいにしようという意識が働くからです。
そんなとき、親はうれしくてついニコニコ顔で「お風呂入るの〜?」と声をかけたりしがちです。しかし、子どもとしてはちょっとテレもあり、あまり騒ぎ立ててほしくないのでそ〜っと入ろうとしていたところへそう言われると、「風呂なんか入らねえよ!」みたいな展開になったり、不機嫌になったりするかもしれません。
もっとゆるい感じで、たとえばお風呂からあがってきたときに「なんだかさっぱりした顔してるね〜」などと声をかけるほうが、子どもも素直に受けとめやすいでしょう。そのほか、いつもより明るい表情をしていたら「今日は気分がよさそうだね〜」とか、何気ない感じの声かけをしてみてください。
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もうひとつ、よくある変化が髪の毛です。ずーっと髪を切らずに伸びっぱなしになっている不登校のお子さんは比較的多いように思います。
まだあまり外出できない、人に会えないという状態であれば、美容室や床屋さんに行くのは難しいでしょうから、小さいお子さんならお母さんに切ってもらったり、もう少し大きくなったら、アンケートにもあるように「ドラッグストアで買ったセルフカットセットで自分で散髪」という場合もあります。
そもそも髪を切ることは、身体の一部を切る、ハサミを入れるという行為ですから、
自分の安全が脅かされるような気持ちになる子もいます。ですから、気持ちが安定してこなければ、なかなか髪を切る気になれません。逆にいえば、子どもの中に「外に出てみたい」「髪を切りたい」「〇〇したい」という欲求がわいてきたら、気持ちが安定してきた証拠であり、実際に美容室などに出かける日も近いかもしれません。
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生活リズム・生活習慣(最近の子どもの変化・アンケート結果まとめ)
- 朝は10時頃までには起きるようになった
- 以前のように朝まで起きていることはなく、午前2、3時には寝るようになった(「身長が伸びないよ」と言ったのが原因かも)
- 行かなくていいとなったら、自分で朝起きるようになった。以前は何回も声かけして、しぶしぶ起きてきた
- 早起きをするために目覚ましをかけるようになった
- 昼夜逆転になったら自分で調整して治そうとするようになった
- 昼夜逆転がひどくなり、自分でコントロールができないようだ
- 寝る時間が遅くなり(AM1:30〜2:00)、起きる時間もずれてきた(AM9:00〜11:00)。
体調はよさそう
- 今まではリビングにいることが多かったのに、自分の部屋にいることが増えた
- 部屋にこもる時間が増えた
- 前は自分の部屋にいる時間が多かったが、リビングにいる時間が増えた
子どもの視点から見ると対応の仕方がわかる
荒井 |
私からは、「生活リズム・生活習慣」の変化についてお話しします。
まず、上記の子どもの変化の下から3番目に「今まではリビングにいることが多かったのに、自分の部屋にいることが増えた」、その下に「部屋にこもる時間が増えた」とありますが、不登校の子どもにとって自分の部屋は自分を守る〈城〉であり、〈聖域〉です。また、安心して過ごせる、リラックスできる、唯一の居場所でもあります。
ですから、どんなに汚れていたりゴミだらけであっても、家族が無断で足を踏み入れることは絶対にしてはいけません。親しい家族であっても、まずノックをして声をかけてから部屋に入る。これは最低限のマナーです。
私は長年、不登校やひきこもりの家庭訪問を続け、数多くの子どもたちの部屋を見てきました。ペットボトルやスナック菓子の空袋、ティッシュ、衣類などが散乱して足の踏み場もないような部屋がある一方、「なぜ、こんなにきれいなんだろう」と不思議に思うほどチリひとつない部屋もあります。たぶんお母さんが、まめに部屋の掃除をしているのでしょう。
一見、きれいな部屋のほうが居心地がいいように思えますが、お母さんがしょっちゅう掃除にやってくる、そんな部屋で子どもが落ち着いて過ごせるでしょうか。その部屋は、その子にとって安心できる居場所になっているでしょうか。部屋が散らかっているとお母さんとしては気になると思いますが、そのほうが彼らにとっては居心地がよいのかもしれないと子どもの目線で考えてみることも必要でしょう。
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昼夜逆転について悩んでいる親御さんはとても多いと思います。
アンケートにみられる子どもの変化でも、「朝は10時頃までには起きるようになった」「早起きをするために目覚ましをかけるようになった」「昼夜逆転がひどくなり、自分でコントロールができないようだ」等々、昼夜逆転に関する記述が大半を占めており、その悩みの深さがうかがえます。
そして、ほとんどの親御さんは、「学校に行ってないんだから、せめて家で規則正しい生活をしてほしい」とか「夜更かしするから朝起きられないんだ」「とにかく昼夜逆転を治さなくちゃ」と思っていることでしょう。
しかし、子どもたちは好きで昼夜逆転になっているわけではありません。そうせざるを得ない、そうならざるを得ない理由があるのです。
理由のひとつ目は、みんなが登校する時間帯がいちばんつらいので、そこを寝てやり過ごそうとするからです。朝になれば、お母さんと「行きなさい」「嫌だ」のバトルになる。行こうと思うと頭痛や腹痛に悩まされる。毎朝、登校時間になると学校に行っているみんなと自分を比べて、「行かなくちゃと思っても行けない自分」「みんなが行っているのに行けないダメな自分」と向き合わざるを得ない。だから、その時間帯は布団をかぶって昼頃まで寝ているわけです。
理由のふたつ目は、昼間の時間帯より、みんなが寝静まった深夜のほうが安心できるからです。親と顔を合わせるのがつらいので昼間は部屋に閉じこもり、夜更けになってからキッチンに来て何か食べるという生活を送っている子もいます。ゲームをするにしても、親が寝ている真夜中のほうがリラックスできます。だからつい深夜とか朝方まで起きていて、昼頃まで寝ているという生活になってしまうのです。
つまり、昼夜逆転だから学校に行けなくなったのではなく、学校に行けなくなったから昼夜逆転になったのであり、原因と結果が逆だということです。
子どもは本気で行こうと思ったら、徹夜してでも行きます。行きたいところ、行きたいことができれば、昼夜逆転は自然に治ります。親子関係をこじらせないためにも、毎朝、無理やりたたき起こすといった強引な対応はひかえてほしいと思います。
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興味・関心(最近の子どもの変化・アンケート結果まとめ)
- ニュースの話をするようになった。わからないことや不明点は聞いてくる
- コロナ関連など、ニュースに興味をもつようなった
- 以前はマンガだけだったが、ティーン向けのミステリー小説を読むようになった。そのせいか語彙が増えた
- 不登校になってからまったく本を読まなかったが、最近マンガを読むようになった
- 新聞を読まなくなった
- 好きなゲームの動画を作って、YouTubeにアップした
- 推し活のため、お金がぜんぜん足りないので、家の手伝いを積極的にやるようになった
- 2.5次元のアイドルにはまりだし、お金の使い方が荒くなった(お金を要求する)
エネルギーがたまってきた証拠
市川 |
私は現在、小中学校でスクールカウンセラーをしていますので、その経験をもとに、「興味・関心」の変化についてお話をしたいと思います。
学校に行けなくなった当初の混乱や葛藤を経て少し落ち着いてくると、子どもたちはいろいろなことに興味をもちはじめます。少し元気が出てきたと思ったら、お気に入りのユーチューバーの動画ばかり見ているとなると、親は「まったく勉強もしないでそんなものばかり見て…」と腹が立つかもしれません。
しかし、どんなことであれ興味・関心が出てきたのは、精神状態がよい方向に向かっているあかしです。今、その子は当初の葛藤やプレッシャーから解放されて、ようやく家で安心して過ごせるようになってきたのでしょう。そうして気持ちに余裕が出てくると、おのずといろいろなことに興味・関心が出てくるわけです。
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とはいえ、その興味・関心がネットやゲームに向かうとなると、親としては心配ですよね。ゲームについては、冒頭に小栗先生から解説がありましたが、私のほうからも少しお話をしたいと思います。
単にゲームといっても、映像、音楽、ゲームを介したコミュニティなど、さまざまな要素が含まれます。そして、その子が魅力を感じている映像や音楽などがきっかけになって活動の幅が広がったり、将来やりたいことが見つかる場合もあります。
私が担当したある女の子は、ゲームの中で満天の星が映し出されるシーンを見て、その美しさに感動していたら、横でお父さんが「この映像って、〇〇高原の星空に似ているな」とつぶやいたんだそうです。女の子はその星空がどうしても見たくなり、ずっと外出したことがなかったのにお父さんにせがんでその高原に出かけ、それ以降、だんだん外に出られるようになっていきました。
ゲームに出てくる音楽が好きになって音楽の道に進もうと決意した子もいますし、「フォートナイト」というゲームで遊んでいるうちに、自分でSNSを使って人を集めてイベントを開催するようになり、将来はイベント会社を立ち上げようと張り切っている中学生の男の子もいます。
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ゲーム以外では、たとえばアンケートの1番上に「ニュースの話をするようになった。わからないことや不明点は聞いてくる」とありますが、これはとてもいい変化だと思います。外向きの興味が出てきたことに加え、親御さんとの関係も良好になっていることがよくわかります。
また、3番目「以前はマンガだけだったが、ティーン向けのミステリー小説を読むようになった」というのもいい変化です。まず、このような小さな変化に親御さんが気づいたことが素晴らしい。また、マンガには最初からビジュアルイメージが与えられていますが、小説にはそれがないので自分の頭であれこれ想像しなければいけません。そのためには精神的なエネルギーがかなり必要になってきます。つまり、この子はそれだけのエネルギーがたまってきたといえるのではないでしょうか。
ただ、その後にある「そのせいか語彙が増えた」という親御さんの解釈がちょっと気になります。子どもの調子が上向きになってきたときに、それに対する親の期待が前のめりになっているとプレッシャーになりがちだからです。「語彙が増えた」という解釈の背後には、学力を伸ばしたいという親の期待が見え隠れする感じもあり、それよりも精神的なエネルギーが高まってきたことをプラスにとらえたほうが、子どもにプレッシャーを与えずに済むように思います。
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また、最近、「推し活」に熱中する子どもが増えていると感じています。
たとえば、「すとぷり」(すとろべりーぷりんす)というエンタメグループが人気なんですが、代表の「ななもり」さんはかつて不登校だったとか。そのへんも不登校の子どもたちの共感をよぶのかもしれません。
学校内の狭い人間関係で悩んでいる子が、推し活仲間との新しいコミュニティの中で元気を取り戻したという話も聞いたことがあります。ただ、わが子がSNSで知り合った人と会うと聞いたら、親として心配になって当然です。そんなときはお子さんと一緒に行ってライブを楽しんだり、あるいは送迎だけして、どんなコミュニティかを自分の目で確かめると安心できるのではないでしょうか。
推し活そのものはさておき、「お金の使い方が荒くなった(お金を要求する)」というところまで行くと社会性の問題としてちょっと心配です。一般に、社会性を教えるのは父性の役割といわれており、お金の使い方のルールや限界はやはり父親がきっちり教えてあげるとよいのではないかと思います。
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自己決定・自己(感情)表現(最近の子どもの変化・アンケート結果まとめ)
- 「嫌だ」という態度があらわれるようになった
- やりたくないこと(相談室に行くなど)を提案すると嫌な顔をするようになった
- 自分で選ぶ、決めることが増えた
- 「〜したい」(塾に行きたい、検定を受けたい)との希望が出ることが増えた。しかし、応援しようと申込みをしても、結局、塾にも行けず、検定も受けられず、ということが何度もあった
- 小学校から不登校だったが、最近、「あのころ、あれが嫌だった」など自分の気持ちを話すようになった
- 暴言がけっこう出るようになった
子どもの自己決定をどう尊重するか
小栗 |
次は、「自己決定・自己(感情)表現」に関する小さな変化をどうとらえるかについてお話ししたいと思います。
上記のアンケートでいえば、上から3番目の「自分で選ぶ、決めることが増えた」、4番目「『〜したい』(塾に行きたい、検定を受けたい)との希望が出ることが増えた」は、「自己決定」に関する変化にあたります。
一方、1番目「『嫌だ』という態度があらわれるようになった」、2番目「やりたくないこと(相談室に行くなど)を提案すると嫌な顔をするようになった」、5番目「小学校から不登校だったが、最近、『あのころ、あれが嫌だった』など自分の気持ちを話すようになった」、6番目「暴言がけっこう出るようになった」は、自分の感情をどう表現するか、感情表現の仕方がどう変わってきたかを示しています。
自己決定、つまり、自分で選ぶ、決める、「〜したい」と表明するといったことは、自尊心を育むうえで非常に大事です。ただし、今まで自己決定ができていなかった子が、ある日突然できるようになるかというとそうではありません。そして、子どもたちにとってかなり大きな自己決定が「進路選択」のときに訪れます。
たとえば、中学受験をするときは、親に言われたとおりの学校に進む子がほとんどでしょう。その中学校で不登校になり、高校に進学する際は親にいくつか選択肢を示してもらって、その中から自分で選ぶ。そして高校で不登校を解消し、大学に進むときは、行きたい大学を探すことから最終決定まですべて自分で決めて進学した、と。
このような道のりを歩む子はけっこういて、中学受験から大学選びまで、だんだんと自己決定ができるようになっていくプロセスがわかると思います。
このように「自分で決められる」ようになることは、「自分に自信をもてる」ようになることでもあり、好もしい変化なのですが、難しいのは、進路選択の中で本人の自己決定をどう尊重するかです。
なぜなら、子どもたちはまだ幼く未熟なので、その決定自体も未熟なことが多いからです。「いや、その学校は無理でしょ」とか、逆に「そんなに楽なほうに流れちゃっていいの?」といった決定を下すことも多く、そんな本人の決定をまわりの大人がどれくらい尊重していいのかと悩むことも少なくありません。無下に否定するのもよくないし、どんな尊重の仕方ができるかはまさにケースバイケース。そこを一緒に悩んであげるのが、親御さんと私たちカウンセラーの役目なのかなと思っています。
気をつけたいのは、「こうしなさい」「こうすればいい」という親側の意図が前面に出てしまい、子どもの意思は尊重されていないのに、親のほうは往往にして「本人が決めた」と思いがちだということ。実際は押しつけているのに、みんなで話し合った結果、「本人がそうすると決めた」という話にすり替わってしまう。これは自己決定とはいいません。大事なのは、決定に至るプロセスに本人がどれだけかかわりをもてたかであり、そうしたプロセスがすべて自信につながっていくのだろうと思います。
これら「本人の自己決定を尊重する」プロセスだけでなく、実は、決定したあとのプロセスもなかなか難しいのです。
アンケートの中にぴったりな例があります。4番目の「『〜したい』(塾に行きたい、検定を受けたい)との希望が出ることが増えた」という記述のあとに、「しかし、応援しようと申込みをしても、結局、塾にも行けず、検定も受けられず、ということが何度もあった」とあり、このときの親御さんの気持ちはよ〜くわかります。
まさに〈不登校あるある〉で、「本人がこの高校に行きたいと言ったから…」とか、「転校したらちゃんと行くって言ったのに…」みたいなことは、本当によくあります。しかし、自己決定をしはじめたばかりの子どもはやはり未熟で、よちよち歩きの状態ですから、本人が決めたからといって必ず実行できるとはかぎらないのです。
このときの親側の自己防衛策は、期待しすぎないこと。期待度は半々くらいがいいかもしれません。まったく期待しないのも子どもはガッカリするでしょうし、期待しすぎるとプレッシャーになってしまうからです。なお、もしダメだったときに親自身も傷つきすぎないように、期待はしつつも、「ダメモト」「行けたら儲けもの」といった気持ちを保険でもっておいたほうがいいかもしれません。
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もうひとつの「自己(感情)表現」ですが、こちらも徐々に発達していくものです。
たとえば、いわゆる反抗期に子どもの中でどんなことが起こっているかというと、怒ったり、不機嫌になったり、無視したりというようにいろいろな表現の仕方を試しながら、どこまでならOKかという親との距離感を測っているわけです。そのような親との闘いの過程が「反抗期」といわれるものです。
この時期、子どもは親と口をきかなくなったり、「くそばばあ」「こうなったのはおまえのせいだ」など暴言を吐いたりしますが、口をきかないというのも未熟な表現だし、攻撃的な表現をするのもやはり未熟だからです。当然、ケンカになったりもするでしょうが、子どもはそうやって感情の出し方をあれこれ試しているわけです。その過程で、ここまで出したら母親に泣かれたとか、父親に怒られたとか、〇〇したらイライラがおさまったというように、感情の表現の仕方、コントロールの仕方を学んでいきます。
親だって暴言を吐かれたら腹も立ちますが、感情はまったく出さないよりは出したほうがいいし、その出し方がたとえ未熟であっても、「今は練習中だからしょうがない」と一歩引いたあたたかい目でつきあっていただければと思います。
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表情・落ち着き・怒り・イライラなど(最近の子どもの変化・アンケート結果まとめ)
- 家でおだやかに過ごせるようになり、笑顔でのびのびしている
- 家でリラックスして笑うことが増えた。そのぶん、学校に戻ること、やらなければいけないこと(やったほうがいいこと)、自分の好きなこと以外のことをやるという思いがなくなってきている
- 表情が明るくなってきた
- 学校との関わりがほぼなくなって(給食を止めた)表情がおだやかになった
- 気持ちが前向きになり、明るい発言が増えた
- 中学の不登校のときより、今のほうが気持ちが安定している
- 少し表情が明るくなった
- 声の張りが出てきた
- あまり怒らなくなった
- 「死にたい」と言わなくなった
- 2学期になってから、夜、「もうダメだ」と言ってイライラすることが増えた(中3なので、進路のことだろうか?)
- 笑うことが減った
- 泣くことが増えた
気持ちが安定してくるとさまざまな変化があらわれる
齊藤 |
私からは、「表情・落ち着き・怒り・イライラなど」に関する変化についてお話しします。不登校の初期には、イライラしたり、落ち込んだり、怒りが爆発したりと気持ちが不安定になりがちなうえ、頭痛・腹痛などの身体症状に悩まされることもあり、心身ともに不調にみまわれることが多いのですが、当初の混乱が一段落して少し落ち着いてくると、子どもにさまざまな変化が出てきます。
たとえば、アンケートの上から2番目に「家でリラックスして笑うことが増えた」とありますが、これは気持ちがある程度安定してきたあらわれと考えられます。
その一方で、「学校に戻ること、やらなければいけないこと(やったほうがいいこと)、自分の好きなこと以外のことをやるという思いがなくなってきている」とあり、親としての焦りが感じられます。家でリラックスして笑っているわが子を見ると、「少しは勉強したら?」という気持ちになるのも当然です。
しかし、勉強をするためにはかなりのエネルギーが必要であり、最近ようやく笑顔が出てきたこの子には、まだ勉強に取り組めるほどのエネルギーがたまっていないのかもしれません。この状態で、勉強や苦手なこと、やりたくないことに取り組んでもエネルギーは低下する一方です。それよりも今は家でのんびり過ごし、本人の好きなこと、興味のあること、やると楽しくなるようなことに取り組んで、まずはエネルギーをためるべき段階なのかなと思います。
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子どもの変化の下から4番目に「『死にたい』と言わなくなった」とあります。子どもが「死にたい」と口にしたとき、親は本当につらく苦しく、心配で心配でいたたまれない気持ちになることでしょう。
子どもたちは、「学校に行くという当たり前のことが、自分にはできない」→だから自分には「価値がない」と感じています。また、自分には「何もできない」という思いも抱えています。「行かなければいけないのはわかっているのに行けない」→そんな自分にはなんの力もないと思ってしまうのです。
この時期、子どもは本当に自信をなくし、「死にたい」「でも死ぬのは怖い」「できることなら消えてしまいたい」という思いにかられます。「一瞬にしてなくなってしまえばいいのに」と思ったという女の子もいました。
そして、アンケートの子が「死にたい」と言わなくなったのは、おそらく「不登校でもいいんだ」という気持ちになれたからではないでしょうか。それは、この子の今の状態を、家族やまわりの人たちが認めてくれたからだと思います。
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あるお母さんが、わが子が不登校になってからさまざまな身体症状があらわれて、いったいどうなっちゃうんだろうと不安になるくらい具合が悪くなったとき、「生きていてさえくれればいい」と思ったそうです。そして、そのときからわが子への対応が変わったとおっしゃっていました。
そのときのお母さんの「生きてるだけでいい」「いてくれるだけでいい」という思いが子どもに伝わって、子ども自身も「不登校でもいいんだ」「無理に頑張らなくていいんだ」「このままの自分でいいんだ」と思えるようになり、そこから何かが変わっていったのでしょう。それが「『死にたい』と言わなくなった」という変化としてあらわれたのかなと思います。
最後に、アンケートの下から3番目に「2学期になってから、夜、『もうダメだ』と言ってイライラすることが増えた」とありますが、親御さんも「中3なので、進路のことだろうか?」と書いていらっしゃるように、おそらくこれはネガティブなイライラではないと思います。高校進学が目前に迫っているわけで、夜になるとつい「学校に行ったほうがいいんだろうな」とか「自分が行ける高校はあるのだろうか」などといろいろ考えてしまい、イライラするのでしょう。真剣に考えているからこそ不安になってイライラするわけです。
不登校の子どもたちは、こうした不安やイライラをおもてに出さず、自分の気持ちを押さえ込んでしまうことがありますが、この子は自分のイライラを出せているので、それはプラスの方向にとらえたほうがよいでしょう。そして、この不安やイライラはどうしたら解消できるのか、その具体的な対処の仕方を考えていくことが大切です。
たとえば、進路についてどんなことが気になっているのか。それは誰に相談すればいいのか。先生か、カウンセラーなのか。「行ける高校があるのか不安」なのであれば進路先の情報を収集するなど、ひとつひとつできることから始めるとよいでしょう。
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食事(最近の子どもの変化・アンケート結果まとめ)
- 朝ごはんを毎日食べるようになった(夜更かししていても)
- 食事に気をつかうようになった
- 食事の量が増えた(少ないときは1日1食のときもあった)
- 食欲が増した
- 食べ物のリクエストが多くなった
- 4月から意欲が増し、自分から勉強しはじめた(1カ月ほどで勉強はやめた)
- 自分で食事を用意するようになった(ホットケーキを作る、パンを焼く等)
- 自分で食事の準備や片づけ(親の指示メモどおりに)をするようになった
- 自分の食事を作るなど、いままでやっていたことをしなくなってきた。一見、後退しているように見えるが、自分のしたいように自由になれているのかなとも思える
- 自分でごはんを食べることがある
- 部屋にひきこもっているが、食事をするとき、ときおり家族と時間を共有することが増えてきた
- 先日、晩ごはん(昼夜逆転のため、本人には昼ごはんくらいの感じ)を一緒に食べた
- 親の用意する食事に手をつけなくなった
食欲は心の状態を示すバロメーター
市川 |
子どもが食欲をなくしたり、食事をとらない日が続くと、親はとても心配になります。一方、ゲームばかりやって自分の部屋でしか食事をとらなくなったり、日中、みんなと一緒に食事をせず、夜中、家族が寝静まった頃に台所にやって来てひとりで食事をするような子もいます。
こうした行動はあまりにも自分勝手に思えて、腹を立てる親御さんもいるかもしれません。ただし、これらの行動は「どこまで許されるのか」と親の愛情を試しているような場合もあり、また、親に小言を言われるのが嫌だから、あるいは家族関係が悪化しているから、一緒に食事をとりたくないのかもしれません。
上記の子どもの変化の中に「部屋にひきこもっているが、食事をするとき、ときおり家族と時間を共有することが増えてきた」とありますが、たとえ食事のときだけでも、家族と時間を共有できるようになったのはとてもよい変化です。今後は、少しずつ部屋から出てきて、リビングで家族と過ごす時間が増えてくるのではないでしょうか。
不登校になると生活リズムが乱れることも多いので、一日2食あるいは1食という子もけっこういます。ですから、「食事の量が増えた(少ないときは1日1食のときもあった)」とか「食欲が増した」というのは、親にとってもうれしい変化だと思います。私たち大人でも不安や心配事があると食欲が落ちたりしますから、この子たちも不安がだいぶやわらいできたのでしょう。その意味では、食事の量や食欲は、心の健康状態を示すバロメーターといえるかもしれません。
また、「食べ物のリクエストが多くなった」というのも好ましい変化だと思います。学校に行けなくなると、子どもは親に対して罪悪感やひけ目のようなものを感じて、何かと遠慮がちになります。「居候、三杯目にはそっと出し」みたいな気分でいるわけです。食べ物のリクエストが増えたのは、そうした罪悪感や劣等感が少しやわらいできたあかしでしょう。これまでの親御さんの対応もよかったのかもしれませんね。
最後に「親の用意する食事に手をつけなくなった」とありますが、これは親に対する拒否のメッセージとも考えられます。理由はわかりませんが、本人に尋ねてもおそらく答えは返ってこないでしょう。こんなとき、家庭教師やメンタルフレンドなど第三者が間に入ると、その人がクッションのような役割をして、状況がいい方向に向かう場合があります。その人を通してお母さんの気持ちを伝えてもらうのもよいでしょう。
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ペット(最近の子どもの変化・アンケート結果まとめ)
- ゲームだけでなく、趣味の魚、カメ、イモリ等の世話をよくするようになった
- ペットに触れる時間が長くなった
- ペットを飼いはじめて、少し気持ちが柔らかくなったようにみえる
- 動物(主に犬)の動画ばかり観ている
- 以前は犬を可愛がっていたのに、世話をしなくなった
- ペット(ネコ)の世話をすることが減った
ペットという第三者の存在が家庭内の空気を変える
荒井 |
不登校の子どもたちにかかわるとき、いちばんに考えるべきは「どうしたらこの子が元気になれるか」です。元気になった結果、「学校に行く」ようになることもありますが、それはあくまで結果であって、目的ではありません。
では、どうしたら元気になれるか。その子が好きなこと、楽しいと感じる時間をできるだけ増やすことです。また、先ほど市川先生もおっしゃっていましたが、第三者のかかわりも、家庭内の閉塞した空気に新しい風を吹き込む意味で効果的です。
そして、ペットにも第三者的な側面があります。親ともきょうだいとも違う、親しい存在。名前を呼ぶと飛んできてじっと顔を見つめたり、甘えてくるイヌやネコに癒される子はたくさんいます。親に言えないグチや悩みをペットにささやく子もいます。
「ペットがいると会話がはずむ」という話もよく聞きます。家族だけだと食事時も気まずくて会話も少なかったのが、ペットを介在してたわいもない話で盛り上がったり、それまではほとんど部屋に閉じこもっていた子がペットのいるリビングに出てくるようになったりします。ペットがいるだけで、家の中の空気が一変するのです。
もちろんペットを飼えないご家庭もあるでしょうし、イヌやネコが苦手な人もいるでしょう。ですから、「とにかくペットを飼わなくちゃ」と無理をする必要はありません。だいいち、「わが子を元気にするために」ペットを飼うのでは本末転倒です。
なお、上記の子どもの変化の中に「以前は犬を可愛がっていたのに、世話をしなくなった」「ペット(ネコ)の世話をすることが減った」とありますが、これはその子にとってペットよりも興味のあることが見つかったからではないでしょうか。ペットたちはその子にとって大きな役割を果たしたと思いますが、その子が新しい自分、新しい人生に向かって一歩を踏み出したと考えれば、前向きな変化ではないかと思います。
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会話(最近の子どもの変化・アンケート結果まとめ)
- 自分が知ったことを教えてくれることが増えた
- よく話しかけてくるようになった。「そういえばさ」が枕詞で持論が続きます(笑)
- 私が仕事に行くとき「行ってらっしゃい」と見送ってくれたのをほめたら、以降、必ず見送ってくれるようになった
- よく話すが聞く耳はなく、一方的に話すだけ
- 私と妻の会話に入ってくることがある
- 不登校だった兄とよく話をするようになった
- 年末年始にバイトをしたときは仕事のことをよく話してくれた
- 夏休み中は少し会話ができたが、9月になってからまったくしゃべらず目も合わせない。外にも出ない
「共有したい」という気持ちを大切に
小栗 |
次は「会話」に関する変化ですが、アンケートを見ると、むしろ「会話」というよりは、子どもが話したいことを勝手にしゃべっているような印象を受けます。
その典型が4番目「よく話すが聞く耳はなく、一方的に話すだけ」であり、そのほか、1番目の「自分が知ったことを、教えてくれることが増えた」、2番目「よく話しかけてくるようになった。『そういえばさ』が枕詞で持論が続きます(笑)」もそうですね。これらは、自分が知ったこと、考えていることを、親と共有したいという気持ちが大きくなってきた、そういう変化が出てきたということだと思います。
「共有したい」という思いは非常に大事で、これは冒頭で私がお話ししたゲームやネットの話ともつながってくるのですが、たとえばゲームの話を親と共有したいとなるとゲームというバーチャルな世界だけでなく、リアルな世界とのつながりが生まれてきます。つまり、誰かと何かを「共有する」ことは、現実世界で傷ついて逃げ込んだバーチャルな世界から、また現実の世界に戻ってくる、そのきっかけになるわけです。
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そんなふうに子どもが自分の興味のあることを親と「共有したい」と思って話しかけてくるのは、親御さんがよいかかわりをしているからでしょう。
先ほど荒井先生が昼夜逆転の話をされましたが、昼夜逆転の理由として大きいのは、親に「学校に行け」と言われるからです。いちばん言われたくないことを言われるから親と顔を合わせたくないし、コミュニケーションもとりたくない。だから日中は部屋に閉じこもって寝ている、夜は親が寝てから起きる、ということになるわけです。
逆に、親子で話題を共有できればコミュニケーションも生まれやすいし、このようなディスコミュニケーション状態もだんだん減っていくだろうと思います。そのためには、子どもの好きなものに興味をもつこと、興味をもって話を聴くことが何よりも大事です。とはいっても、子どもが好きなゲームにやたら詳しくなる必要はありません。子どもが「話を聞いてもらえた」「共有できた」と思えることが重要であり、「お母さんが興味をもってくれているんだ」ということが伝わるだけで十分ではないかと思います。
そんなふうに「気持ちが伝わる」「共有できる」という経験を通してコミュニケーションが促進され、コミュニケーションのパイプがどんどん太くなっていきます。すると、「一緒にどこかへ出かけよう」という話になったりして、長い間、外出できなかった子どもを外に連れ出すきっかけになるなど、いい循環が生まれてきます。
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外出(最近の子どもの変化・アンケート結果まとめ)
- 時計の電池が切れたとき、いつも外に出たがらないのに自分で買いに出かけたので驚いた
- 車に乗れば外出できるようになった(バスは人目が気になって嫌がる)
- 「帽子はもういらない」(本人の言葉)
- 歯医者に行けた
- 外出しなくなった。誘っても乗ってこなくなった
- 家族との外出を嫌がる(食事、旅行など)
できる範囲で子どもの外出を手助けする
齊藤 |
これまでいろいろな小さな変化が出てきましたが、一見、同じような変化に思えることも、背後にある子どもの気持ちや状態によって、その変化の意味が違ってくることがおわかりいただけたと思います。
「外出」についても同様で、ひと口に「外出」といっても、どんな格好で、どこに行くのか、誰とどれくらいの時間行くのかなど細かいところに着目することで、その子の変化とその意味が見えてくるように思います。
まず、上から3番目にある「帽子はもういらない」という子ども自身の言葉ですが、帽子は、人目が気になる子どもにとって自分を守ってくれるものでもあるわけです。不登校の子どもたちは少なからず学校での傷つき体験をもっていますし、学校に行っていない自分は人からどんな目で見られるのだろうとびくびくしています。だから、外に出るときは、帽子をかぶってメガネをかけてマスクをしてというふうに完全武装をしていくわけです。そんな子どもたちがしだいに人への安心感や信頼感を取り戻し、人が怖いという思いがやわらいでいくと、「帽子はもういらない」という心境の変化が起こるのだろうと思います。
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その下に「歯医者に行けた」とありますが、歯医者に限らず医療機関で診療を受けたり、美容院で髪を切ったりすることは、自分の体を他人にあずけるかたちになりますから、人に対する安心感や信頼感がないとできません。それができるようになったのは、家族以外の人への安心感・信頼感が戻ってきたのだろうと思います。
医療機関や美容院に行くことは、不登校の子どもたちにとってなかなかハードルの高い外出です。もし本人が行きたいと思っていて二の足を踏んでいるようなら、「一緒に行こうか?」「車で送ってあげてもいいよ」といった感じで、本人の気持ちを確認しながら親にできることを伝え、手助けしてあげるのもいいと思います。
混み合っている時間帯が苦手な子も多いので、本人が行けそうな時間に予約を入れてあげるとか、時間外でも受け付けてくれる場合もあるので、そのへんのやりとりを代わりにやってあげるのもよいでしょう。
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アンケートの最後に「家族との外出を嫌がる」とありますが、これは必ずしもネガティブな変化とはかぎりません。親子関係がうまくいっていても、逆にいつも家族と一緒にいるのがわずらわしくなることはありますし、思春期のお子さんなら、不登校であるか否かにかかわらず、「親と一緒に出かけるのは恥ずかしい」「かっこ悪い」と感じる子も多いので、家族との外出を嫌がるのかもしれません。
いずれにせよ、嫌なことは嫌と言えるのはいいことであり、必ずしもネガティブな反応ととらえる必要はないのかなと思います。
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家事などの手伝い(最近の子どもの変化・アンケート結果まとめ)
- ほとんどの食器を部屋に置きっぱなし食べっぱなしだったが、ひとつくらい下げるようになった
- 洗濯物を取り込んでくれた
- 夕食の手伝いをしてくれた
- あくまで自分のペースだが、お風呂掃除や食器洗いをしてくれる
- 私が体調不良のとき、夕ごはんを作ってくれるようになった
- ケーキを作ってくれた(これまでは食器の片づけ程度だった)。家族に喜ばれてうれしそうだった
- 手伝いをしなくなった
手伝いを介して親子のコミュニケーションが生まれる
荒井 |
不登校の子どもたちへのかかわりの基本は、本人が家で安心して過ごせるような居心地のよい環境をつくることです。よく親御さんから、「そんなに居心地がいいと不登校が長引くんじゃないか」「ずっと家でだらだらしているんじゃないか」と聞かれますが、決してそんなことはありません。
親の目には、毎日、好き勝手に過ごしているように見えても、本人は早くこの状態から抜け出したい、みんなと同じように学校に行きたいと思っていますし、親に心配をかけて申し訳ないと肩身の狭い思いでいます。
そんな子どもたちが家で居心地よく過ごせるようになり、少し気持ちに余裕が出てくると、いろいろな変化が起こります。たとえば、それまで食べっぱなし置きっぱなしだった食器に目が行ったり、それを片づけようとしたり、お母さんが帰ってくる前に洗濯物を取り込んでおいてくれたり…。これは「自分も少しは家族の役に立ちたい」という気持ちのあらわれです。
そんなときは「ありがとう」「助かったわ」と感謝の気持ちを伝えるとともに、「洗濯物、すごくきれいにたたんであって驚いちゃった」「お風呂がピカピカでうれしい」など、やってもらったことを具体的に評価して伝えましょう。そう言われたら、当然子どもはうれしいし、「またやろうかな」という気持ちにもなります。
子どもが手伝いをしてくれるようになったのはもちろんそれだけで素晴らしい変化ですが、手伝いを介して親子のコミュニケーションが生まれるという素晴らしさもあります。アンケートに「夕食の手伝いをしてくれた」とありますが、きっと親子の会話もはずんだことでしょう。できる範囲でかまいませんので、一緒に食器洗いをしたり、料理を作ったりする機会をつくってみてください。
また、手伝いをこちらから頼んでみるのもいいでしょう。そのときは、「もしよかったら、〇〇してくれるとうれしいんだけどなあ」といった言い方で、子どもに断る余地を残しておくこと、断られたらすぐに頼みを引っ込めるのがポイントです。
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