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登進研バックアップセミナー44・講演内容

発達障害―見極めよう!子どもが得意なこと、苦手なこと~Part2~支援の実際編

プラスの特性を伸ばし、マイナスの特性を補う親の援助とは

水野 薫

講師:水野 薫(元福島大学大学院教授、Space Zero PDD心理・教育研究所所長)

学習指導を進めるにあたって

ここでお話しする「学習」とは、いわゆる「勉強」のことではなく、人が生きていくうえで必要な「学習」という観点から考えていきたいと思います。
まず、その子が生きていくうえで何が大事か、その子の現在の力量では、どんなことを目標にしたらいいのかをきちんと考えなければいけません。そこで私が強調したいのは、以下の3つです。
 ①基本的な行動様式の徹底(年齢相応に)
 ②自己理解の深化
 ③自分のよさへの気づき、苦手への挑戦、障害の受容

この3つの「学習」が重要なのは、たとえば、自分自身をきちんと知ることができないと、大人になってから自己不全感をかかえたまま社会に放り出されてしまうことになるからです。あるいは、「常識がない人」「当たり前のことができない人」というレッテルを貼られてしまうことになります。

【よくものをなくす子への効果的な援助方法】
こうした状況を避けるために、まわりの人がまず配慮すべきことは、その子の特性を考えた学習しやすい環境を整えてあげることです。
たとえば、あるADHDのお子さんはしょっちゅう物をなくすので、お母さんがこんな工夫をしています。学校に持っていくもののなかで、三角定規とコンパスと分度器を入れておく袋があるのですが、その袋にこの3つ文房具の絵を描いた紙を貼っておくのです。ADHDの子どもたちは、言葉で説明するよりも、目で見るほうがわかりやすいし忘れにくいという特性があります。お母さんはこの原則にもとづいて、この子が学びやすい環境を整えてあげているわけです。

こうした工夫は、お子さんが小さいときにやってみてください。思春期を過ぎてからだと、子どもはプライドを傷つけられて怒り出したりします。でも、小さいうちに習慣をつけてしまうと当たり前のこととして受け入れられるはずです。ADHDやLDの子どもたちも習慣になってしまうと、自分でやり方を工夫できるようになります。そのためにも小さい頃から始めることが大切なのです。

【「パニックカード」を使った学習指導】
もうひとつ、こんな例があります。小学5年生のアスペルガー症候群のお子さんのケースですが、この子はADHD症状が非常に強い子でした。たとえば、算数の問題を解いているとき、わからなくなるとカーッとなってプリントを破り捨て、あげくのはてに机をひっくり返して大暴れするというパターンをずっと繰り返していました。
その子を指導したとき、私は問題の解き方の手順を下図のように紙に書いてその子に渡しました。

アスペルガー症候群の子どもたちは、「わからないのが当たり前なんだ」ということをなかなか受け入れられません。これがアスペルガー症候群の子ども特有の「こだわり」です。でも、わからなかったら、そういう自分の気持ちを伝えようということで、上図のような8種類の「パニックカード」を用意しました。

こうしてプリントを破って暴れる前に、自分をコントロールする対処法として「パニックカード」を使う練習をするわけです。
ここで大事なのは、子どもが「おわりにしてください」とか「やりたくない」というカードを使ったときには、「カードをよく使えたね」「今日は暴れないで済んだからすごいね」とほめてあげることです。ほかの子にとっては、暴れないことなんてたいしたことではないかもしれませんが、この子にとってはすごいことなんです。

ほめるときのポイントは、ただ「すごいね」「えらいね」という言い方でなく、具体的にどこがすごいのかを伝えてあげること。「コップの水をこぼさないで持ってこられたね、ありがとう」「今日は忘れ物がひとつもなかったね、すごいなー」というように、できるだけ具体的に伝えてください。つまり、相手が何を喜んでいるのか、自分のやったことの何がよかったのかを、その子が正しく理解することが「自己理解」(自分のよさを認識すること)につながっていくのです。

こうした積み重ねのなかで、勉強の場面だけではなく、もっと日常的な当たり前の場面で、今のあなたがやっていることはいいことだよ、それでいいんだよと繰り返し伝えてあげることが、自分のよさを認識させることにつながります。

そうして自分の行動をコントロールできるようになってくると、課題もきちんとやり遂げられるし、「やり遂げた自分」というイメージも持てるようになります。
そんなことに気をつけてつきあっていくと、あんなに大変だと思っていた子が「意外にできるじゃない」というふうに変わっていきます。ただし、最初からいきなり高い目標を目指すのではなく、小さなステップを踏みながら一歩一歩進んでいくようにしましょう。

【注意をうながすための効果的な援助方法】
もうひとつ、小学3年生のお子さんの例を紹介しましょう。
この子は、やればできるのに学校のテストを一切やらず、先生が脇についているとやるという子でした。具体的な話をする前に、まず理解していただきたいのは、学校のテストというものは、発達障害の子どもたちにとって量が多すぎるということです。B4くらいの紙にびっしり文字が並んでいたりすると、子どもたちは見ただけで「うわーっ」と引いてしまいます。

そこで、この子に対しては1枚の用紙に1問ずつ書いて、その下に解き方の手順も書いてあげました。また、いちばん下に四角い枠を書いて、ここに計算式や答えを書くんだよと示してあげました。ちょっとしたことですが、枠がはっきりしていると子どもたちは計算などの作業がやりやすいので、ぜひご家庭でもやってみてください。

このことは勉強だけでなく、たとえば洗濯物をたたむときに、「たたんだら、この座布団の上に乗せてね」というように場所をはっきりさせると、子どもはとても仕事がしやすくなります。これは発達障害の子どもたちの特徴のひとつです。子どもたちは、重要なところと、そうでもないところを見分けることがとても苦手です。だから、すべてのことが一度に「うわーっ」と頭に入ってきて、何がなんだかわからなくなるのです。
1枚に1問ずつ書いてあげたり、答えを書く枠を設けてあげるなどの工夫は、子どもたちが必要なところにきちんと注意をはらうための大きな助けとなります。

学力とは何か

学力というと、学校の勉強についての学力をイメージするかもしれませんが、もうひとつ大事なのは、社会生活を営むうえでの学力です。発達障害の子どもたちのなかには、知的な能力が高く、学年でトップの成績という子もいますが、社会生活に必要な学力は身についていないことが多いのです。

一般の児童生徒は、学校で習ったことを日常生活のなかで活かしていく能力をもっていますが、発達障害の子どもたちは、そのへんの関連づけが苦手です。そのため、「社会生活に活きる学力」をどこかできちんと身につけなければいけません。

では、「社会生活に活きる学力」とはどのようなものをいうのでしょうか。それが、下の「自立のための基礎学力」です。

自立のための基礎学力

  • 1. 生活管理に必要な数量、言語活動
    金銭処理、必要書類の記入やATMなどの操作、商品カタログや宣伝チラシの意味、電話や来客接待時のやりとり、隣近所や職場の人とのやりとり など
  • 2. 自律的な生活習慣
    身辺処理にとどまらず、健康管理、時間管理、常識的判断力、人づきあい、親戚づきあい、近所づきあい、相手に対する気づかい など
  • 3. 職業、仕事に対する意識、態度
    責任感、耐性、妥協、持続力、体力 など
  • 4. 肯定的な自己理解
    自分を知る、生きがいをもつ、努力を惜しまない など

発達障害の子どもたちは知的な遅れがないとはいえ、かなり幅があります。
たとえば、知的な遅れがあるかないかの境界線(IQ70)からIQ85前後までの発達障害の子どもたちの場合、学齢期に達する頃は、いろいろと体を使った経験を通して、数や文字の基礎概念を身につけさせたい時期なのですが、ちょうどその頃に小学校に入学することになります。
そのときに、まず理解しておかなければいけないのは、IQだけみると問題ないものの、発達障害があるためにいろいろなものを吸収しにくいということです。そのために、ひらがなの習得、くりあがり計算などでつまずきがみられることが多いのです。したがって、現時点で子どもたちにどこまでの学力を要求するのかを正しく判断してほしいと思います。決して無理をさせてはいけません。

一方、知的な能力が非常に高い子どもの場合に注意しなければいけないのは、かたよった学力観をもたせないことです。とくにアスペルガー症候群で能力の高い子どもは非常に高い学力を示すことがあります。しかし、学力も大事だけれど、それがすべてではないよ、生活面の能力も大事だよということを教えることが重要です。

また、こういう子は、小学校低学年のうちはあっという間に何でもできてしまうので、それで大丈夫と思って安心していると、だんだん学習しなければならない情報量が増えていくにつれて学力が下がってしまうことが少なくありません。つまり、苦労して頑張って、じっくり取り組んでいく習慣が身についてないので、それまで直感でこなしてきたものがこなせなくなるわけです。
ところが、アスペルガー症候群の子どもたちは完璧主義で、完璧でなければ自分はダメな人間なんだと思い込んだりするので、小さいときから「自分の力に見合った努力が大事なんだよ」と伝えていく必要があります。

生活面の指導を進めるにあたって

まず、しつけについては年齢相応にやってください。「落ち着きがないから、もうちょっと大きくなって落ち着きが出てから教えよう」などと思わずに、最初から年齢相応にしつけをすることが大切です。
私の経験からいうと、生活面のことは、かなり遅れのある子でも、習慣化することによって繰り返しやれば、いろいろなことが身につきます。こだわりがあったり、集中力がなかったりするので、やりにくい部分もあると思いますが、あきらめないでください。

生活面の指導は、社会的な常識にのっとってやることが大切です。たとえば、小学校の高学年になってもトイレのドアを開けっぱなしで用を足したり、男の子だとズボンを足下まで下げて、お尻を丸出しにしたままオシッコをする子もいます。
こうしたしつけは学校ではできませんから、家庭できちんとやっておかないと最終的には本人が恥ずかしい思いをすることになります。

また、中高校生のお子さんであっても、「もう中学生なんだから、わざわざ言わなくてもこれくらいできるだろう」と、ほうっておくのはダメです。発達障害の子どもたちは、自分のやり方にこだわりすぎて、なんでもない生活習慣が身につかないことが多いのです。場合によっては、生活面のことをひとつひとつチェックして、手とり足とり教えていかなければいけません。その意味では、学校と家庭の連携も重要になってくるでしょう

発達障害の子どもたちにみられる社会性の困難

社会性が育ちにくいという問題は、とくにPDDの子どもたちに顕著です。一部のADHDの子どもたちも、あまりに注意力が散漫なために、相手が出している信号をキャッチできずに一方的になってしまうことがあります。それが原因となって、社会生活に困難が生じてきます。
アスペルガー症候群の子どもたちは意外に気をつかっているのですが、その気のつかい方がズレているわけです。ですから、お子さんの気のつかい方がズレているなと思ったら、きちんと整理して伝えてあげる必要があります。

発達障害といじめの問題

私がこれまで会った高校生以上の発達障害のお子さんで、いじめにあったことがない子は一人もいません。しかも、話をよく聞いてみると、自分でしっかりタネをまいているのです。つまり、本人に悪意はないけれど、相手に不愉快な思いをさせているわけです。
ですから、いじめにあったお子さんがいたら、その子が無意識のうちに、誰かに不愉快な思いをさせていないかなと、一歩引いて考えてあげてください。
もし、知らず知らずのうちに相手に嫌な思いをさせているとしたら、できるだけ早い時期に、お子さんに「あなたの言動を、相手がどのように受けとったか」「相手がどんな思いをしたか」を、きちんと理解させる必要があります。ほうっておいて、最終的にいちばん傷つくのは本人ですから。

具体的には、どのようにしたら相手(他人)とうまくつきあえるかを話し合ってください。場合によっては、上手な断り方なども一緒に考えてあげるとよいでしょう。そうしたスキル(技術)を身につけないと、社会に出ても集団からはじかれてしまいます。本人にとっては厳しいことですが、しっかり時間をかけて教えていくことが大切です。

こんなときどうする?

【その子が目のカタキにしている子どもがいるとき】
 これは主に学校で起こりがちなトラブルですが、発達障害の子どもたちは、いつも決まった子に対して攻撃的になる場合があります。そんなときは、まずどこに原因があるのかを探してみましょう。意外に相手の子が問題である場合もあります。たとえば、相手がルール違反をするので許せないとか。そのルール違反が、ほかの子にとっては大したことがないレベルのものであっても、先生にきちんと伝えるようにしてください。先生には、二人がただケンカをしているように見える場合もありますので。

【ルールを無視して自己主張をするとき】
まず、そのルールを、その子が本当にわかっているのかを確かめましょう。とくにPDDの子どもの場合は、「暗黙の了解」といったものに気づかない場合が多いのです。また、ADHDの子どもの場合は、ルールのことはわかっているけれど、その場になったら忘れちゃったというケースもあります。
このような場合は責めてもダメですから、まずは気づかせることが大切です。忘れてしまう子の場合は、その場になっても覚えていられるようにするにはどうしたらいいかを一緒に考えてあげるとよいでしょう。
【乱暴したり、おどしたりするとき】
これは、幼い頃から乱暴な対応をされてきた子どもによくみられる行動です。この子たちの場合は、言葉で自分の思いを伝えられないために、思いあまって手が出てしまうケースが多いのです。まずは、じっくり子どもの言い分を聞いてあげることが大切です。

一般的な価値観を押しつけない

一般的な子どもたちに当てはまる価値観を、発達障害の子どもに押しつけてしまうと、かなりの負担になります。 たとえば、「友だちはたくさんいたほうがいい」という価値観がありますが、人づきあいが苦手な子どもの場合は、一人か二人、じっくりつきあえる友だちがいれば、それで十分なんです。そういう友だちが見つかった子は、とても幸せです。でも、「友だちがたくさんいないといけない」という強迫観念にかられて、「ボクには友だちがいない」と苦しんでいる子があまりにも多すぎます。

また、興味や関心のあることも、一般の子どもたちとはかなり違っている場合があります。運動が苦手な子も少なくありません。とくに小学生の場合は、休み時間にみんながドッヂボールとかサッカーをやっていても、友だちのなかに入っていけない子がいます。そんなときは、無理にみんなの輪に入り込ませて劣等感を植えつけるより、運動が苦手なほかの子どもたちと一緒に室内で遊ばせたりするほうが望ましいかなと思います。

これは家庭内でも同様で、「外に出ないで、ずっと家のなかにいるんです」と心配する親御さんもいますが、家のなかでその子が楽しめることがあるのなら、同じ志向の子どもたちと一緒につきあえばいいし、一人で楽しんでもいい。そのへんを、あまり一般的な子どもたちをみる尺度で考えないほうがいいかなと思います。

家庭でできる基本的なしつけ

①みだしなみ
 おしゃれをしろとは言いませんが、まわりの人に不快感や違和感を与えない程度の身だしなみを考えてみてください。「小さいから、まだいいや」ではなく、小さいときからきちんとする習慣を身につけることが大切です。

②身のまわりの整理整頓
ADHDのように整理整頓ができずに、それが障害になっている子どももいます。大切なのは、口頭で漠然と「部屋を片づけなさい」と言うのではなく、目で見てわかるようにしたり、具体的に場所を決めたりして、整理整頓のさせ方を工夫することです。

たとえば、タンスのひきだしにハンカチやくつ下などのイラストや写真を貼って、収納する場所がわかるようにしてあげるのもいいでしょう。遊んだおもちゃなどを片づける場合も、いきなり元の場所にしまうのは難しすぎるので、段ボール箱を用意して、とりあえずそこにしまってから、最後にお母さんと一緒にもとの場所に戻すといったやり方をさせるとわかりやすいし、片づけの習慣が身につきやすいと思います。

③人間関係のトレーニング
家庭内の人間関係は、社会における人間関係の縮図ともいえます。ですから、社会のいちばん小さな集団の単位として、まず、家庭内の人間関係をきちんとすることが大切です。
世の中に出ると、多かれ少なかれ上下関係があります。そのことについて早いうちからトレーニングをしないと、とくに社会的な認知に障害のある子どもは、そうした人間関係が理解できません。そのためには、家庭のなかで中心になっているのは誰か、子どもと大人はどう違うのかといったことをしっかり認識できるようにトレーニングしてあげることが大切です。そうしないと、就職したときに上司と部下の関係や、同僚との関係のなかでつまずいてしまうことが少なくありません。

④社会生活で必要な基本的知識・技術
そのほか、お金の管理の仕方やこづかいの使い方、電話のかけ方や受け方、近所づきあいなど、日常生活のなかでごく当たり前にこなさなければならないことは、早いうちからやらせるようにしましょう。
実際に計算はできなくても、100円を出して90円のものが買えることがわかれば、お金は使えるし、計算よりも買い物ができることのほうが社会に出たら大事ですから、どんどんやらせてください。近所づきあいは、お手伝い程度でもかまいません。親や祖父母などと一緒に町内会の催し物にも参加させるとよいでしょう。
また、交通機関の利用の仕方も重要です。切符の買い方、自動改札の通り方、PASMOの使い方をはじめとして、たとえば、事故があっていつも利用している交通機関が使えない場合はどうすればいいか、定期を落としてしまったらどうするかなど、困ったときの対処法も身につけさせてほしいと思います。
こうした日常のトレーニングを小さい頃から繰り返し行うことが、よりよい社会適応につながっていくのではないかと思います。

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